牛込御門内五番町に、皿屋敷と呼ばれる屋敷が在る。
 皿と云うは地名でも無く人名でも無い。(ただ)此の屋敷に纏わる血生臭き逸話依り、人共に()う呼ばれて居るに過ぎぬ。
 其の来歴は()うと聞く。
 此処には(かつ)て吉田屋敷と呼ばれる屋敷が在った。此の屋敷を構え置いたが小姓組番番頭(ばんがしら)吉田家であった処から()う呼ばれたと云う。(しか)し慶長の頃、惣領吉田大膳亮(だいぜんのすけ)殿は配下の五番衆と伴に赤坂へと屋敷移りに()り、吉田屋敷は取り壊されて更屋敷と成った。
 其の後、此の土地は家光公が実姉、天樹院様へと寄進され、建てられた屋敷は吉田御殿と呼ばれる様に成った。
 天樹院様薨去の後、再び更地に成った此の土地は、後に火付盗賊改方、青山家に賜られた、と。
 噺は、此の青山家の(とき)である。
 何処(どこ)正確(ただ)しく、何処(どこ)が間違って居るのかは知れぬ。
 知れぬが、町人共が噂する中身を纏めると、此の様に成る。
 青山家が当主、播磨殿の御時世、此処に菊と云う下女が奉公して居た。
 或る年の正月、菊は二日の昼の祝いを済ませた膳具の始末を仰せ付かった。其の中には青山家が家宝、南京古渡りの十枚揃いの絵皿も在った。菊は大層器量良(きりょうよし)ではあったが生来の粗忽者(そこつもの)。手でも滑らせ一枚でも損なってはならぬと、洗った其の皿を一枚一枚大事に(ぬぐ)うては、(かたわら)の箱へ仕舞う様に()て居た。
 ()う手元(ばか)りを見て居たのが(かえ)って好く無かった。
 其の為、細く開いた勝手口よりつうと這入(はい)り込んだ大きな一疋(いっぴき)の猫が、ひょいと洗い場へ上がり、皿を仕舞って居る箱へと身を寄せたのに、気付くのが遅れた。次の一枚を仕舞おうと振り返った菊は其処ではたと猫に気付き、家宝に大事有ってはならぬと咄嗟(とっさ)に箱に手を伸ばした。不意の事に驚いた猫は、迫る菊の手を(したた)かに引っ掻いた。
 皿の()れる音がした。
 家宝と云っても並の家宝では無い。播磨が珍重して居たのも無理からぬ話。此れは将軍家より拝領の品。揃いで無ければ価値の無き品。()して――欠こうものならば将軍家に反意(ほんい)有りと取られ、何様(どう)云う沙汰を下されるか知れぬ(おそ)ろしき品であった。
 最早取り返しが付かなかった。菊は顔色を真っ青になって震え上がった。
 其処へ差して、播磨の奥方が現れた。
 何事かと問うより先、お菊の前の()れた皿を見るなり、奥方は菊の髪をむんずと(つか)んで小突き廻した。此の大胆者、よくも殿様御秘蔵の皿を()って呉れた、此の皿が何様(どう)云った物であるか知らぬ筈はあるまい。さあ云え、何故(なぜ)()った、何故(なぜ)皿を()った。
 奥方は罵り罵り菊を(さいな)んだ挙げ句、播磨の(へや)へと引摺って往った。濃い沢々(つやつや)した菊の髪は(ほつ)れて散々(ばらばら)に成り、菊は肩を波打たせて苦しんで居た。
 事の次第を聞くやいなや播磨の隻手(かたて)はもう刀架の刀に掛かった。不届き者()、叩き斬って捨てる、外へ()れ出せ。
 播磨は此の美しき下女に横恋慕して居り、其れでも一向に靡かぬ事に腹を立て、可愛さ余って憎さ百倍、何時(いつ)か痛い目に遭わせて遣ろう、懲らしめて遣ろうと其の機を窺って居たのであった。
 お待ち下されと奥方は播磨を制した。初春(はつはる)松の内を血でお穢しなさるは如何(いか)にも宜しく無いかと存じまする。
 ()うか、ならば十五日過ぎてからにすると、()う云ったかと思うと播磨は小柄(こづか)を抜いて起ち上がり、行き成り菊の右の手首を掴んで縁側に出て、其の手を縁側に押し付けて中指を斬り落した。菊は気を失った。
 此の女を何処かへ押し込めて措けと、()う云われて一人の若侍が台所の隅の空室(あきべや)に菊の身体を運び込んだ。朋輩の下女達は遠くの方から何様(どう)成る物かと見て居る(ばか)りで如何(どう)()る事も出来なかったが、お菊が空室(あきべや)へ入れられると伴に、皆でそっと往って介抱して遣った。傷口を縛って遣る者、水を汲んで遣る者、食事を運んで遣る者、其れは哀れな女に対する心からの同情であったが、お菊は水も飲まなければ食事もせず、死んだ人の様に成って何事か考え込んで居た。
 其の菊は、数日して忽然と行方(ゆくえ)(くら)ました。播磨は菊が逃げたのだと思い、酷く(いか)って部下の与力同心共を走らせて探させた。(しか)し、菊の行方は(よう)として知れなかった。其の内に家の者の一人が裏の古井戸の(そば)から、菊の履いていた草履を見つけて持って来た。播磨は其れを見て古井戸に自ら身を投げたのであろうと見当を付けたが、公儀へは菊が病死したことにして届け出た。
 哀れな女は()()て播磨の家から存在を消して仕舞ったが、話は其れだけでは終わらなかった。
 播磨が菊を病死と届け出た其の晩からのこと。
 草木も眠る丑三つ時。古井戸に(ぼう)と青白い陰火が一つ上った。と見る間に黒い長い髪を振り乱した痩せた女の姿が浮かび上がり――
『一つ』
『二つ』
『三つ』
『四つ』
『五つ』
『六つ』
『七つ』
『八つ』
『九つ』
(ああ)、一つ足りない』
 然う云っては、魂消(たまげ)るような悲鳴を遺し、陰々滅々と陰火に焼かれ、又井戸へと消えた。
 此れが幾晩も続いた。
 青山家は菊の祟りだと云って震え上がった。
 其の年に奥方が男の子を生んだ処が、右の中指が一本無かった。其れを見て誰もが菊の指のことを思い出し、血の凍る思いをした。其の夜から産処(うぶや)の屋根の棟にも、女の声がする様に成った。
 播磨の家では恐れて諸寺諸山へ代参を立てて守札を貰って貼り、加持祈祷をし、また法印山伏の類を頼んで祈祷をさせたが、怪異は治まらなかった。遂には播磨は気が狂い、家人郎党を皆悉く斬り伏せて出奔し、町中で喧嘩に飛び込んだ末、撲り殺されたと云う。
 ()()て更屋敷は皿屋敷と成った。

 荒れ果てた其の皿屋敷の前に人影が差したのは、或る晩の事だった。
 町人共は(おそれ)()して近寄らず、町方や番方も怪力乱神は語るべきに非ずと触れぬ様にし、()()て人通りの絶えた番町の一角に、何やら奇妙な二人組が集まって居た。
 一人は花井玄蕃。
 青山の御屋敷をお上に召し上げんとするに当り、怪しげな噂が立って居ては困ると、其の検分が此の地の嘗ての(あるじ)、吉田家に命じられ、回り回って其の役に就いたが此の男である。
 歳の頃は五十(ばか)りであろうか。痩せ(じし)で線が細く、()うかと云って(いろ)が有るのでは無く、(むし)(あぶら)の抜けた、少しばかり(たる)んだ小男であった。
 見掛通り気の小さい男であるらしく、(せわ)しなく辺りに目を配って居る。其れは只怯えて居ると云うだけでは無く、如何(どう)やら誰かを待って居る様子であった。
 傍らに立つもう一人は吉田虎之助義虎。
 現況(いま)(ちまた)を賑わして居る皿屋敷の怪の真ん中に居る(わか)い男である。
 其の姓を見れば分かる通り、青山の御屋敷の検分を言い付かったは、元は此の男の家である。(しか)し惣領である父、義成が遠縁の花井玄蕃に其の仕事を投げた。
 ()れば関わりが無いのかと云えば其れも違う。此処数日の内に皿屋敷の怪に()り殺されたと噂されるのが、義虎の幼馴染二人と乳母なのである。()う迄身の周りに人死にが出れば、並の者ならば家に引き籠もり身を守ろうと()るであろう。(しか)し義虎は違った。腕に覚えも有ったのであろうが、豪胆にも自ら夜の見廻りを買って出た。
 乳母の死は其れを始めた矢先の出来事であったのだから、悔しさも一入(ひとしお)であったに違いない。今は瞳を炯々(ぎらぎら)と光らせ、(はや)る自身を抑えようとするのか、(しず)かに足を繰り返し踏み換えて居る。
「今(しばら)く、今(しばら)くお待ち下されい」
 と玄蕃は義虎に声を掛けた。身動(みじろ)ぎする姿に苛立ちを見たのかも知れぬ。
 仔細無いと義虎は答えた。
 元より苛立って居るのでは無いのだ。
 (ただ)――
 普段(いつも)より視界に入れぬ様に()て居る、何処(どこ)か欠けた玄蕃と伴に在らねばならぬのが――何とは無しに落ち着かぬ気分にさせるだけである。
 (しか)し、()うとは口にはせぬ。
 ()ても仕方が無いからである。
 だから義虎は別の事を口にした。
「其の(くだん)の老爺は、何様(どう)云った来歴の者なのだ」
「来歴と申されますと」
 最前(さいぜん)申しました通り、茶屋の前で目を廻した(それがし)を介抱して呉れた者に御座居ますがと、小動物の様な()で見上げてくる玄蕃に、()うでは無いと義虎は(わざ)と大きく(くび)を振った。
「在るであろう、越後の生まれだとか、信州の育ちであるとか、紀州に店を構えて居るだとか」
「はて」
 問われて玄蕃は首を傾げた。
「或る大店の隠居と――」
「だから何処(どこ)の何と云う――」
「思うて居りました」
 此奴(こやつ)は莫迦では無いのかと、義虎は頭の痛い思いをした。
 慥かに(おっしゃ)る通りで御座居ますなと、玄蕃は間の抜けた声を上げた。
 (つま)り玄蕃は、氏素性(うじすじょう)も知れぬ通り(すが)りの老爺に、公儀の命も屋敷の裏も(すべ)て洗い(ざら)(さら)した挙げ句、此の様な人通りの無い小径に、深夜に待ち合わせを()たと云うのである。
 何処(どこ)か、何かが足りぬとは常々思って居た。
 落ち着きが無く、直ぐに目の前しか見えなくなる性質(たち)と知って居た。
 小心が一周回って要らぬ事を為出(しで)かす者と()う分かっては居た(つも)りであった。
 (しか)し此処迄とは思って居なかった。
 何か御座居ますかと、莫迦の様に尋ねる玄蕃に、義虎は好いかと噛んで含める様に云った。
其方(そち)も知って居よう。此処(しばら)くの皿屋敷騒動は皆、(おのれ)の身の周りで起きて居るのだ」
「存じて居りまする」
「ならば――」
 ならば、何処(どこ)()の様な(おもい)を、(おのれ)に対して(いだ)いて居る者が在るか、知れた物では無かろう。
「其れは(つま)り――」
(おのれ)達は誘い出されたのかも知れぬぞ」
「何と」
 ()う、玄蕃は息を呑んだ。
 考えても見なかったのであろう。
「幸い(おのれ)は腕に多少の覚えは有る。(しか)し――」
 其方(そち)の身は其方(そち)で守れよと、()う意地悪く云い掛けた義虎に、承知して御座居ますと玄蕃は頷いた。
「此の身に代えましても、御(まも)り申し上げまする」
 矢張り莫迦なのだろうと、義虎は思った。
 (おのれ)の手に余る様な(あいて)であるとして、玄蕃の力が果たして何の足しに成ろうか。(そもそ)(あいて)が一人とも限らぬのである。蔑みの籠もった義虎の視線にも気付かず、玄蕃は呆けた様に、其れにしても来ませぬなと云った。
「名前は存じませぬが」
「其の名を名乗らなんだ老爺、何者であろうな」
「名は――」
 名は名乗らぬが好う御座居ましょうと、(くら)がりから声がした。
「お待たせ申しました」
 向けば、何時(いつ)からか其処に(ぼう)と一人の老爺が立って居た。成る程、身形(みなり)は其れ成の物である。大店の隠居と、玄蕃が云ったのも頷ける話であった。(しか)し――
「名乗らぬが好いとは何様(どう)云う事か」
 ()う、義虎は太刀に手を掛け(なが)ら問い掛けた。
「名乗るに困る理由(わけ)でも有るのか」
「有りませぬ」
「ならば何故(なにゆえ)
「其れは――」
 其方(そちら)様の名も聞かずに済ます為に御座居ますと、老爺は云った。
「先日も其方(そちら)様の名は聞かずに別れ申しまして御座居ます。聞く処に依りますれば皿屋敷の検分は公儀の密旨。なれば(うけたまわ)りしも、誰でも無い方が好う御座居ましょう」
 ご案じ召さらずとも好う御座居ます、此方(こちら)は此の老い耄れ独りに御座居ますよと、老爺は続けた。
漸々(そろそろ)好い頃合いかと存じまする。其れでは中へ」
 云うなり、老爺は軽い足取りで先に立ち、荒屋敷の門を(くぐ)った。
傳通院(でんづういん)殿がお待ちに御座居ます」
「りょ、了誉上人がであるか」
 ()う玄蕃が問う。
 莫迦げて居ると義虎は思った。傳通院開山の祖、酉蓮社(ゆうれんじゃ)了誉(りょうよ)聖冏(しょうげい)上人は疾うの昔に身罷られて居るのだ。其の様な事、童児(こども)でも知って居よう。
 (しか)し老爺は其れには答えず、黙ってすいすいと奥へ入って行く。
 慌てて義虎も跡を追う。其れに玄蕃が続く。
 荒れ果てた屋敷の脇を抜け、(ぐるり)と廻ると、裏庭に出た。
 其の奥に――
 古井戸が在った。
 傍らには松が一本枝葉を伸ばしている。
 昏く、寂しい場所であった。
 不意に吹き抜ける風に、義虎は身を震わせた。
 何故(なぜ)か遠いと感じた。
 遠い筈は無いのだ。
 裏庭とて然程(さほど)広い物では無い。
 歩みを進めれば井戸までも僅か二十歩足らずで届くであろう。
 其れでも――
 まるで其の古井戸は此の世から切り離されているかの様に感じられた。
 此処からでは窺い知れぬ井戸の底は、()の世にでも通じて居るのであろうか。
 投げ込めば何処までも何処までも落ちて行って仕舞うのであろうか。
 如何(どう)しても埋まらぬ欠落が口を開けて居るのであろうか。
 だから――
 此の庭は、此の屋敷は、此の町は、此の江戸は、此の國は、此の世は――
 何時(いつ)までも満ちる事を知らぬのであろうかと、義虎は思った。
 足りて居らぬと感じる元凶は、(すべ)て此処に集まっているのでは無いかと、()う思った。
 思わず吸い寄せられそうに成り一歩踏み出した義虎は(ぎょっ)として歩みを止めた。
 空だと思って居た屋敷の中に、誰かが居た。
 義虎が気付いたと同時に其の人影は(しず)かに顔を上げた。
 傳通院様と、老爺が呟いた。
 袈裟(けさ)装束で座敷に坐る男の顔は陰になって明瞭(はっきり)とは見えぬ。(しか)し――
 額に落ちた月影の如き上弦の繊月(せんげつ)
 墨を垂らした様な黒々とした其れは、世に聞く酉蓮社(ゆうれんじゃ)了誉(りょうよ)上人の姿と(たが)わぬ物であった。
 有り得ぬと思った。
 酉蓮社(ゆうれんじゃ)了誉(りょうよ)聖冏(しょうげい)()うに没した者である。
 (しか)し――
 此の庭は()の世に通じて居る。
 古井戸拠り怨みを呑んだ死人(しびと)が立ち返る事が有るのならば、如何(どう)して上人の舞い戻る事が無いと云えようか。
 上人も――
 よもや迷うて出たのかと、()う心の声が口に出ていたのやも知れぬ。
 迷う(ばか)りが立ち返る道では無いのだ、と陰々滅々とした声が答えた。
 知れず身が震えた。
 愚僧は迷う者を導かんと立ち返るのだ、と声は続けた。
 成仏とは此の世の欲を(すべ)て捨て去り、(しがらみ)を全て()ぎ去ってこそ至るもの。
 迷うて出るは、断ち切れぬ未練。
 肚の内に呑んだ辛み苦しみは、溜まって(こご)って、(しま)いには逆態(はんたい)臓腑(はらわた)を食い荒らす。
 心の底に(おり)の様に沈んだ怨み妬みは、濁って積もって、(しま)いには(おのれ)を食い潰す。
 死んで仕舞えば猶更である。
 食い荒らす臓腑(はらわた)は既に無く、食い潰された己の心は最早埋めるに埋められず――
 行き場を無くして自身を焦がす。
 焦がしても焦がしても終りなど無い。
 其れでも――
 在った物は無かった事には出来ぬのだ。
 胸の裡に如何(どう)しても埋められぬ、(あたか)もぽっかりと口を開けた、底の知れぬ井戸の様な空虚(うつろ)在るが故に、満たされぬが故に、足りて居らぬが故に――彷徨うのだ。
 だから()うして出るのだ。
 其処な女性(にょしょう)()うである、と指差す先に(ぼう)と青白い陰火が灯る。
 散々(ちらちら)と燃える其方(そちら)を見れば古井戸。
 見る間にずるりと、白い影が伸び上がる。
 此れが――
 皿数えであると、僧は告げた。
 物が足りぬを咎として、責め殺された怨念は、其の足りぬを数えて立ち返る。
 播州(ばんしゅう)は青山、雲州(うんしゅう)は松江、奥州、越州、加州、摂州、土州、日州、薩州――各地に類話はあろうが此れ等は凡て――
 皿数えと成る。
 数え数えて人を祟る。
 怨みが晴れねば(いず)()う成る。
 辛みが消えねば(いず)()う成る。
 幾夜幾晩立ち返ろうとも。
 足りぬ埋まらぬ満たされぬ。
『一つ』
『二つ』
『三つ』
『四つ』
『五つ』
『六つ』
『七つ』
『八つ』
『九つ』
 ――()うか。
 知れず、義虎の口から言葉が漏れていた。
 千代、お前は(おのれ)よりも先に、其処に辿り着いたのか。
 而も(おのれ)の手に依って。
 (おのれ)を差し置いて。
 其れは――
 其れは(とて)も――
怨病(うらや)ましいぞ」
 云うなり、吉田義虎は大刀を抜き放ち――
 止める間も無く(みずか)ら喉を突いて果てた。
『十』
 りんと、何処(どこ)かで鈴が鳴った。

 気が付けば最早(もはや)古井戸の上に亡魂(ゆうれい)は居らず。
 飛んで居た陰火も何処かに消え失せ。
 座敷の僧侶は影も形も無く。
 ()して――
 此処迄案内(あない)した筈の老爺も、何時(いつ)の間にか姿を隠していた。


  top  
prev index next


novel (tag)
prev
index
next
※message
inserted by FC2 system