第二幕・第十四場:13人目の証言者

ムロタ 「さて、残るは権堂夫人、コズエさんとそのご子息、ショウジくんぐらいですか」

ムロタ、上手に向かって

ムロタ 「きみ、権堂コズエさんを呼んでくれませんか」

ちょっとして、上手より権堂コズエ登場。

ムロタ 「今回はとんだことで」
コズエ 「ええ、どうしてこんなことになってしまったのか……」
ムロタ 「心中、お察しします」

コズエ、黙って俯く。

ナガタ (ミヤモトに)「奥さん、ちょっと若くて美人だよな」
ミヤモト 「キミはもうちょっと空気を読みたまえ」

コズエ (聞こえている)「ええ、よく言われますわ。口さがない連中は、やれ財産目当てだとか、本当は副会長といい仲だとか。でもそんなのは根も葉もない噂です。私は主人を愛しておりました!」
ムロタ 「まぁまぁ、落ち着いて下さい」
コズエ 「も、申し訳ございません」
ナガタ 「あ、いえ、こちらこそ、ごめんなさい」
ムロタ 「さて、おつらいこととは思いますが、昨日の夜から今朝にかけてのお話をお伺いしてもよろしいですか」
コズエ 「かしこまりました。昨晩は久し振りにトノムラ様と秘書のハタナカ様を交えての夕食で、少し豪華にビーフシチューなどをいただきました」
ムロタ 「奥様のリクエストだそうですね」
コズエ 「お恥ずかしながら、私も少しだけお手伝いいたしました。私にも出来る、数少ない料理の一つなんですの」
ムロタ 「なるほど」
コズエ 「夕飯の後は、私は一人でお風呂をいただきました。それから自室に戻って、お酒を少しだけ頂いて、床に就きました。夜中に、なにやら慌ただしい音がしておりまして、夢現に何事かと尋ねましたところ、家政婦に、息子が庭で警報機に引っ掛かったとの話を聞いたように記憶しております。ですが私は昔から、一度寝付くと朝まで目が覚めませんもので、朝になって改めてその話を聞いて、そう言えばと思ったぐらいでございます」
ムロタ 「朝は、どういった風でしたか」
コズエ 「いつもと同じようでした。夫にも、特に変わった様子があったようには思いませんでしたし。朝食を一緒にいただいて、別れました。その後は家政婦に紅茶を淹れてもらい、自室で読書などを。そうしているうちに家政婦の悲鳴が聞こえまして、駆けつけましたら、変わり果てた夫が……」
ムロタ 「お気の毒です」
コズエ 「家政婦たちが密室だったとか何とかと申しますもので、不安になっておりましたところ、偶然当家にいらしていたナガタさんが、ご友人にそういうのが得意な人がいらっしゃるとのことで。呼んで来て下さると仰るのでお任せいたしました。あの、その時に夫の蔵書を一冊いただきたいとのことでしたけれど、お役に立ちましたでしょうか」
ナガタ 「立ちました。こいつが俺の友人のミヤモトです。名探偵なんですよ。きっとお役に立てると思います」
ミヤモト 「ミヤモトです。精一杯努めさせていただきますが、ご期待に添えますかどうか」
ナガタ 「まったく!こういうヤツなんです。でも、頭は切れます。俺が保証します」
コズエ 「ミヤモトさん、どうぞよろしくお願いいたします」

ミヤモト、軽く会釈。

ムロタ 「ところでゴンドウさん、昨日の夕方に権堂氏の私室をお訪ねになったそうですね」
コズエ 「え、ええ」
ムロタ 「どういったご用件だったのでしょう」
コズエ 「おかしいかしら、妻が夫の部屋を訪ねては」
ムロタ 「いえ、おかしいというのではなく、ただ、どういった理由だったのかと」
コズエ 「ただ、ちょっとお話ししたかっただけです」
ムロタ 「午後6時頃ですね?」
コズエ 「え、ええ、そうですけれど」
ムロタ 「ですが、その時間帯、権堂氏はトノムラ氏と会談中だったのでは」
コズエ 「ええその通りです。ですけれど、その時はそれを忘れておりまして。夫が私室にいなかったものですからすぐに出て来たのです」
ムロタ 「下水管が詰まっているようだと、その時仰ったそうですが、すぐに?」
コズエ 「根掘り葉掘りお尋ねになりますのね」
ムロタ 「いや、申し訳ありません。情報は多いに越したことはありませんので、なにとぞご協力下さい」
コズエ 「ちょっと手を洗いたくなったのです。流し台で手を洗ってみたら、水が溢れてきたので、どうやら詰まっているようだと思ったのです。これで結構ですか?」
ムロタ 「はい、結構です」
コズエ 「まったく、私を疑うぐらいなら家政婦たちを疑った方が有益だと思いますわよ」
ムロタ 「家政婦を、ですか?」
コズエ 「ええ、シノブやイツミは物覚えが悪いと夫によく叱られておりましたから、溜まった恨みがということもありえますでしょう。あの子たちが力を合わせ、口裏を合わせれば、きっと何だってできてしまいますもの」
ムロタ 「……トノムラ氏も同じように言っておりましたな」
コズエ 「そうでしょう。どうして私が夫に何かしなければならないのですか!」
ムロタ 「失礼いたしました。しかし、ええ、いろいろと見えて参りました。ご協力、感謝いたします」
コズエ 「ええ、分かればいいのです。私のアリバイが疑わしいとお思いなら、家政婦にでもお訊きになればよろしいですわ。あの子たちが嘘をつかなければ、夫があんなことになった前後は私が自分の部屋で本を読んでいたこと、ちゃんと証言してくれるでしょう。紅茶を淹れてもらったりしていたのですから」

ムロタ、二人に振り返る。ミヤモトとナガタ、頷く。

ムロタ 「結構です。次はご子息にお話を伺いたいのですが」
コズエ 「分かりましたわ。声を掛けて参りましょう」

コズエ、上手に退場。


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