第二幕・第八場:7人目の証言者

殿村副会長、上手より登場。

トノムラ 「やれやれ、まったく良い迷惑ですな。私もヒマじゃないんだ、早く解放してもらいたいものだ」
ムロタ 「お手数をおかけして申し訳ありません。ただ、ことがことですから、ご協力いただかないと」
トノムラ 「ええ、分かっておりますよ。分かってますとも。それで、何をお話しすればいいのですかな」
ムロタ 「まずは昨晩から今朝にかけてのことをお話しいただけますか、トノムラ副会長」
トノムラ 「ふん、そう言われまして、特に話すことはないのですがな。昨日は会長に呼ばれて夕方に権堂家にやって来ましてな、夕飯前、そう、六時頃ですかな、その時分に会談をして、夕飯を一緒にいただいてからは朝まで会長にはお会いしておらんのです。今朝は朝食前に軽くお話しして、朝食の後は、ほれ、会長が死体で見付かるまでは完全に別行動だったのですからな」
ムロタ 「会談の内容をお聞かせ願えますか」
トノムラ 「そりゃお聞かせ願えんよ。簡単に言えば長引く不況への対策。細かいことは企業秘密というやつでしてね。明かすわけにはいかんのです」
ムロタ 「失礼しました。つまり今回はその件でトノムラさんはここへ呼ばれた、と解釈していいのですね」
トノムラ 「そう思ってもらって構いませんよ」
ムロタ 「何か最近、変わったことなどありませんでしたか。会社の方で何か」
トノムラ 「何か、ですかな。さぁて、特には心当たりはありませんな。確かに権堂財閥も順風満帆とは言えません。言えませんが、特に大きな波風は、なかったように思いますがね」
ムロタ 「会社の方が理由で自殺するということは考えにくい、ということですか」
トノムラ 「考えにくいとは思いますがね、何せ人の心の中は分からんものですよ。ふと魔が差してということも。いや、これだけの大きな財閥、どこで怨みを買っているかは知れたものじゃありませんからな。何者かが毒を盛ったなんて可能性もないとは言い切れませんがね。自殺か、他殺か、事故か。何とも言えませんな」
ムロタ 「トノムラさんはシャワールームの中はご覧になったのですか」
トノムラ 「見ましたよ」
ムロタ 「いかがでしたか」
トノムラ 「怪しげな物はなかったように思いますがね。さぁて、どうして死んだものやら」
ムロタ 「権堂会長は何か持病はお持ちでは?」
トノムラ 「そりゃ歳が歳ですからな、体には色々とガタが来とりますわ。でもそんないきなり倒れてあの世に逝ってしまうようなものがあったとは知りませんでしたな」
ムロタ 「なるほど」
トノムラ 「とは言え、シャワールームの中に何もなかったからと言って何かの事故だとか、病気だとか、決めつけるのは早計だとは思いますがね」
ムロタ 「それは、どういう意味でしょうか」
トノムラ 「あんたは知らんのでしょうが、この家の中にも問題はあるようでしてな。ほら、家政婦は相当に苛められておったようですよ。そう表立っては誰も言いやしないでしょうが、恨み辛みが溜まって、思い余って一息に、なんてことも有りえん話ではないでしょう」
ムロタ 「まぁ、ない、とは言い切れませんね」
トノムラ 「家の中のことを取り仕切っておるのは家政婦たちですからな、口裏を合わせてしまえば表には出んでしょう。それに部屋の鍵を持っておるのも彼女たちだ。裏工作をするにも都合が良い。証拠が出んのがその証拠、とでも言いましょうかな」
ムロタ 「なるほど、気にとめておきましょう」
トノムラ 「そうしていただきたいですな」
ムロタ 「ところで」
トノムラ 「なんですかな」
ムロタ 「昨晩は、夕飯の咳でビーフシチューをこぼされたそうで、それはお着替えですか」
トノムラ 「その話も家政婦からですかな。いや、客人のそういった話を口さがない連中は好むもんですな。その通りですよ。こいつは秘書に持って来させた替えの服。前のは汚れてしまいましたのでね」
ムロタ 「前の服はクリーニングに?」
トノムラ 「もちろん。台拭きやテーブルクロスも盛大に汚してしまいましたのでね、新しい服を用意する、それと一緒に漂白剤を大量に買って来る、これを昨晩は秘書に言いつけまして、服を替えると同時に前のやつはクリーニングに出させたのですわ」
ムロタ 「なるほどなるほど。では、トノムラさん、他に何かお気づきの点はありませんか」
トノムラ 「……ないですな。まぁ、私の行動が疑わしいなら秘書にでも訊いてくれれば証言してくれますのでね。会長との会談中は隣の部屋に詰めておりましたし、それ以外の時間は基本的にずっと一緒におりましたわ。それでもまだ納得なさらないなら、家政婦にも確認されればよいですわ。ヤツらが誤魔化さなければ、飲み物と軽くつまむ物を届けてもらったことを証言してくれますわ」

ムロタ、二人に振り返る。ミヤモト、ナガタ、頷く。

ムロタ 「結構です。ご協力ありがとうございます。もうしばらくご迷惑をおかけいたしますが、よろしくお願いいたします」
トノムラ 「やれやれ」

トノムラの出て行こうとする背中に

ムロタ 「申し訳ありませんが、では次は秘書さんにお出でいただくよう、伝えていただけますか」
トノムラ 「そりゃ構いませんがね。ま、すぐに寄越しますわ」

トノムラ、上手に退場。


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