第二幕・第七場:6人目の証言者

会長秘書の加納さん、上手より登場。

カノウ 「失礼いたします。権堂会長の秘書をしております、カノウと申します」
ムロタ 「カノウさんですね、よろしくお願いします。権堂氏の秘書とのことですが、この仕事は長いのですか?」
カノウ 「そうですね、会長秘書となってから5年といったところでしょうか」
ムロタ 「なるほど、心中、お察しいたします」
カノウ 「ありがとうございます」
ムロタ 「ところで、早速で申し訳ないのですが……」
カノウ 「分かっております。何なりとお訊き下さい」
ムロタ 「感謝いたします。まずは、これは形式じみたものなのですが、昨晩から今朝、そして今まで貴方はどこで何を?」
カノウ 「昨晩は夕食を会長と一緒にいただいてから、会長の私室の隣にある私の部屋へと引き上げました。それが夜の9時前のことです。9時半頃に会長からお呼びがかかりまして、会長の稀覯本の取材に翌日記者が来るから、会長の書斎の整理と、見せるのに良さそうな本を見繕うのを手伝ってくれと仰ったので、一時間半ほどそれをお手伝いいたしました」
ムロタ 「それからは」
カノウ 「11時頃に、会長がそろそろ良いだろうと仰ったので、私は自室へと引き上げました。私はすぐに眠ってしまい、翌朝6時まで目が覚めませんでした。今朝は、朝食の前に一度お会いして、今日の予定を確認した後、一緒に朝食をいただきました。それからは会長がああなるまでお会いしておりません」
ムロタ 「会長は今日の取材のこと、喜んでおられたようですね」
カノウ 「はい、ご自分のコレクションを取り上げていただけるということで非常に喜んでおいででした。ですから、自殺したなんてことは、考えにくいと思うのです」
ムロタ 「なるほど。念のためにお訊きしますが、権堂財閥の方は最近どのような風でしたか?」
カノウ 「都合の悪い情報は隠したがるものだと言われてしまえばそれまでなのですが、誓って、問題も後ろ暗いところもありません。もちろん不況の煽りは食っておりますが、権堂財閥が潰れてしまうなどということはありえませんし、権堂会長が自ら死を選んでしまうような事案は、無いものと思っていただいて結構です。強いて挙げるとすれば、殿村副会長のことぐらいでしょうか」
ムロタ 「副会長が、どうかなさいましたか」
カノウ 「故人の、恩のある人のことをあまりこうは言いたくはないのですが、生前の会長はあまり人を見る目のない人でした。副会長は確かに有能でしたが、野心が強すぎて、利益だけを追い求める傾向のある人でした。会長は人を見る目はありませんでしたが、心根の優しい人で、それを慕って手を貸してくれた人たちのおかげでここまで財閥を大きくすることができたのです。私も副会長も、会長に救われた者の一人です。それなのに、副会長は財閥の実権を握るには会長が邪魔だとすら考えているようで、私も前々からそれとなく気をつけてはいたのですが、今回のような」
ムロタ 「まぁまぁ、副会長さんが何かをしたと決まったわけではありませんのでそう思い詰めずに」
カノウ 「申し訳ありません。少し興奮してしまいました」
ムロタ 「とにかく、権堂氏は今朝の時点までは自殺をするような兆候はなく、その理由も少なくとも権堂財閥の方にはないはずだと、そう考えて結構ですね?」
カノウ 「は、はい」
ムロタ 「なるほど、よく分かりました。その他に何かお気づきの点はありませんか。ここ最近や、今朝の権堂氏の事件の前後などで」
カノウ 「……いえ、特には思い当たることは」
ムロタ 「そうですか」

ムロタ、二人を振り返る。ミヤモト、ナガタ、頷く。

ムロタ 「結構です。どうもありがとうございました。それで、こういった話の後で恐縮なのですが、その副会長をお呼びしていただいても?」
カノウ 「かしこまりました」

カノウ、一礼して、上手に退場。


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