第二幕・第五場:4人目の証言者

上手より、メイドさん登場。権堂家家政婦長、ヒトエ。

ヒトエ 「失礼いたします。権藤家家政婦長、ヒトエ、お呼びと伺い、参りました」
ムロタ 「お待ちしておりました、ヒトエさん。家政婦長とは大変そうなお仕事ですね」
ヒトエ 「大変でないと申し上げれば嘘になりますけれど、皆が支えて、良くして頂いておりますので」
ムロタ 「素晴らしいことです」
ヒトエ 「ええ、素晴らしい旦那様、奥様、妹たちに恵まれました」
ムロタ 「いえ、それだけではなく、皆が進んで支えたくなる貴女は素晴らしい人なのでしょう」
ヒトエ 「まぁ、とんでもありません。きっとわたくしが頼りないからでございましょう。そんな、おからかいになりませんように」
ムロタ 「ご謙遜を」

二人、顔を見合わせて笑う。どうやら上に立つ者として通じ合うものがあったらしい。

ムロタ 「さて、唐突な話で恐縮なのですが」
ヒトエ 「はい、何なりと」
ムロタ 「庶民である私には家政婦長という仕事がどのようなものなのかあまり想像がつかないものですから、少々教えて頂きたいのです。普段はいったいどのようなことを?」
ヒトエ 「かしこまりました。一言で申し上げますと、統括と指示、それから責任を負うということでございます」
ムロタ 「では、具体的には?」
ヒトエ 「具体的には、今朝を例にとりますと、まず朝4時に起床いたしました。それから妹たちを起こし、仕事を割り振りました。フタバには、旦那様がよく殿村様とのご会談にご利用になる客間の掃除を。ミチルにはまず今日の献立表を作るようにと。シノブにはミチルを手伝って食材の在庫のチェック。それが終わったら殿村様のお気に入りの銘柄の煙草の在庫をチェック。それも終わってしまったら、旦那様がご使用になるかもしれないからゴルフクラブを磨いておくようにと。指示を出し終わりますと、わたくしは旦那さまと奥様のお着替えを準備いたしまして、庭へと足を向けました。もちろん突然のお客様をお出迎えするのに不都合があってはならないから、チェックをしにでございます。すると驚いたことに塀に落書きがあることに気がつきました。わたくしはすぐに清掃業者に連絡を入れようと決め、お屋敷に戻りました。その時にはすでに5時を回っておりましたので、ミチルの作りました献立をチェックして、フタバとシノブの仕事ぶりをチェックして、全てに合格点をつけることができましたので、四人で朝食の準備に取り掛かりました。といった感じなのでございますが、あの、まだ、続けた方がよろしいでしょうか」
ムロタ 「いえ、結構です。大筋のところは理解いたしました。ということは、このお屋敷のことでヒトエさんがご存じないことはないようですね」
ヒトエ 「それはさすがに言い過ぎでございますが、概ねその通りでございます」
ムロタ 「そのヒトエさんにお伺いしたいのですが、最近何かこのお屋敷で変わったことはありませんでしたか。どんな些細なことでもいいんです」
ヒトエ 「そうでございますね。もうフタバやミチルやシノブから大抵のことはお伺いでございましょう。旦那様にも奥様にもさほど変わったご様子はございませんでしたし、変わったことと申しましても旦那様のお部屋の下水管が詰まってしまいましたこと、殿村様がビーフシチューをひっくり返してしまわれたこと、ぐらいでございます。わたくしの方から付け加えて挙げられることがあるといたしましたら、塀の落書きがあったこと、ぐらいでございましょうか」
ムロタ 「では、その塀の落書きについて詳しくお教え頂けますか」
ヒトエ 「かしこまりました。と申しましても、スプレー缶で書き殴ったような意味不明な文字列と、下品な絵があっただけでございますけれど」
ムロタ 「意味不明な文字列とは?」
ヒトエ 「ええ、『maSLRdocHaO』と、赤文字で」
ムロタ 「なんですかな、それは」
ヒトエ 「わたくしにもさっぱり」
ナガタ 「ミヤモト、何だと思う?」
ミヤモト 「これだけの情報から分かるものか」
ムロタ 「その落書きがあった場所は」
ヒトエ 「申し訳ございません。ただの落書きで何か意味があるとは思いもしなかったものですから、業者の方に今朝8時に電話で依頼いたしまして、もう強力な酸性の特殊洗浄剤を使って綺麗にしていただいてしまいましたもので」
ムロタ 「ふぅむ。何か意味があったとすれば非常に困ったことになりますが」
ミヤモト 「過ぎたことを言っても仕方がないでしょう」
ムロタ 「いやその通りで」
ミヤモト 「それよりも、いくつか気になることが」
ヒトエ 「なんでございますか」
ミヤモト 「ヒトエさん、あなたは庭を見て回っているときに落書きに気付いた、と言いましたね」
ヒトエ 「ええ、申し上げました」
ミヤモト 「ということは、落書きは塀の内側にされていたことになる。違いますか」
ヒトエ 「え、ええ、その通りでございます」
ナガタ 「な、なんだって!ということは落書きは内部犯なのか!」
ヒトエ 「いえ、正確には、塀の外側と内側、ほぼ同じ位置に同じラッカースプレーで同じような落書きがされていたのでございます。これは私見なのでございますが、外から落書きした者が、塀を乗り越えて内側にも落書きをしたのではないかと」
ミヤモト 「そんなことが可能なのですか?」
ヒトエ 「普通は不可能なのでございますが、センサーの死角というものはどうしても出来てしまいますので」
ミヤモト 「偶然そこに入ってしまった、と」
ヒトエ 「恐らくは。ただし、それはあくまで塀のそばだったからだと申し添えさせて頂きます」
ミヤモト 「根拠はお有りで?」
ヒトエ 「ええ、このお屋敷、これまで泥棒の侵入を許したことは一度もございません。塀の方からお屋敷の方へと動く影は何一つ見逃さず、お屋敷に手を触れる前に、庭を横断している途中に捕縛に至った例はいくつもございますけれど。ああ、それで思い出しました」
ミヤモト 「なんでしょう」
ヒトエ 「あの、少々不名誉なお話でございますので、できましたら他言はいたしませんようお願いいたしたいのでございますが」
ミヤモト 「良いでしょう。それで」
ヒトエ 「はい、昨晩の一時頃でしたでしょうか、当家のお坊ちゃまが寝付けなかったのでございましょうか、夜涼みに庭にお出になられまして、その、センサーに」
ミヤモト 「それはそれは」
ヒトエ 「お坊ちゃまだとすぐに分かりましたので、通報もせずにおりましたが、警報機の記録には残っているはずでございます」
ミヤモト 「なるほど、確かに少々不名誉な話です。分かりました、言いふらすような真似はしないと誓いましょう。それではもう一つ。先ほど、強力な酸性の特殊洗浄剤と言いましたね」
ヒトエ 「その通りでございます。当家に常備されておりますものを使用いたしました」
ミヤモト 「そんなものを庭の中で使って、庭木や土壌に悪影響はないのですか。ご自慢の庭なのでしょう」
ヒトエ 「ええ、その点は十分に注意して、まずは防水シートで洗浄剤が散らないよう、掛からないようガードしたうえで、流れた洗浄剤は一度溜めて、それから庭の隅の排水口から流すようにいたしました」
ミヤモト 「なるほど」
ヒトエ 「当家には地下に浄化槽を備えておりますので多少の汚染水を出しましても、周囲に影響はないようになっておりますので」
ミヤモト 「さすがです。いや、納得いたしました」
ヒトエ 「何か他にお訊きになりたいことはございませんでしょうか」
ミヤモト 「そうですね、この権藤家で今、生活しているのは権藤夫妻とあなた方四人姉妹だけなのですか?」
ヒトエ 「いいえ、旦那さまにはご子息がお一人おられて、このお屋敷で暮らしております。それから、旦那様の秘書の方がお一人、警備員が一人おります」

ヒトエがそう言った瞬間、上手から一人の少女が駆け込んでくる。

??? 「わたしもいるーっ!」


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