第二幕・第四場:3人目の証言者

上手より、メイドさん登場。権堂家家政婦、フタバ。

フタバ 「失礼いたします。お呼びと伺って参りました。権藤家家政婦を務めております、フタバと申します」
ムロタ 「フタバさん、フタバさんは清掃担当だそうですね」
フタバ 「その通りでございます」
ムロタ 「清掃担当、ということは、権藤氏の私室なども?」
フタバ 「そうでございます。寝室のシーツを換える、ゴミをまとめて捨てる、廊下を掃除する、窓を磨く、浴槽を洗う、衣類を洗濯する、といったことを主にやっております」
ムロタ 「なるほど、では貴女は昨晩からは何を」
フタバ 「何かわたくしをお疑いでしたら、申し訳ありませんが見当違いと申し上げなければなりません。わたくしは確かに清掃を主な仕事としておりますが、旦那様のお部屋に自由に出入りできるわけではございません。旦那さまと奥様と家政婦長の姉以外に旦那様のお部屋の鍵を持っている者はおりませんので」
ムロタ 「いえ、申し訳ありません。そういったことを疑っているのではなく、これは形式じみたものでして。どうかお気を悪くなさらず」
フタバ 「あ、いえ、こちらこそ、大変失礼いたしました。昨晩から、でございますね。そう仰られましても、わたくしの仕事は基本的にお客様が帰られた後や、明るく日の出ている昼間にするものですから、姉や妹の手伝いをしていた、としか申し上げようがございません」
ムロタ 「具体的には?」
フタバ 「そうでございますね、妹のミチルが昨晩からは大仕事を抱え込んでおりましたので、それをずっと手伝っておりました」
ムロタ 「それ以外には何も?」
フタバ 「あ、いえ、わたくし、清掃担当でございますから、定期的にお屋敷の中を見回っております。壁にかかっている絵が曲がっている、飾られている花が枯れている、窓枠に埃がたまっている、これらはすべてわたくしの担当でございますから」
ムロタ 「それは何時頃の話ですか?」
フタバ 「昨晩からでしたら、夕食後の夜9時に一度、今朝は朝5時に一度、次に10時に一度、の計三度見回りをいたしました」
ムロタ 「その時に、何か気付いたことはありませんでしたか」
フタバ 「気付いたこと、でございますか。いえ、特には。毎日同じ時間に同じように見回っておりますから何かありましたら気付かないはずはないと思うのでございますが、生憎、心当たりが」
ムロタ 「どんな些細なことでもいいのです。最近、いつもと何か違うことは」
フタバ 「そう仰られましても。そうでございますね、昨晩から今朝にかけてでなくてもよろしければ」
ムロタ 「なんでも」
フタバ 「と申しましても、昨日の夕方5時過ぎのことなのでございますが、奥様が旦那様のお部屋の前に立っていらっしゃいまして」
ムロタ 「ほう、それはどうしてでしょう」
フタバ 「いえ、深くはお尋ねしませんでしたが、ご夫婦で何事かお話があったのだろうと。ただ、旦那様はその時、トノムラ様とご会談中でございましたので、お会いできなかったのだろうと、その時はそう思ったのでございます。そしてその時に奥様に、旦那様の部屋の排水管に何かが詰まっているようだから業者を呼んで直すようにと仰せつけられました」
ムロタ 「排水管が詰まっていた」
フタバ 「わたくしも旦那様のお部屋に失礼して確かめたのでございますが、確かに何かが詰まっているようで水が上手く流れなくなっておりまして、姉に相談して今朝早くに業者に来てもらって直してもらうよう手配をいたしました」
ムロタ 「その業者は?」
フタバ 「はい、今朝、もう来て、配管を直して頂きました。その最中に旦那様の件がありましたので、まだお屋敷の中に留まっていただいておりますが」
ムロタ 「なるほど、その人もお気の毒に」
フタバ 「馴染みの業者ですので、その辺りは仕方ないと割り切って頂けているようでございます。ついでだから配管の総点検をやっていただけるということで、わたくしどもといたしましても少し気を楽にできているのでございます」
ムロタ 「なるほど。それではもうひとつ、よろしいでしょうか」
フタバ 「なんでございますか」
ムロタ 「権藤さんの奥さんが権藤さんの部屋を訪ねるというのは、よくあることなのでしょうか」
フタバ 「誤解しないで頂きたいのでございますが、旦那さまと奥様は特に仲が悪いということはございません。表立っていがみ合ったり喧嘩したりということもございません。ですが、奥様が旦那様の私室をお訪ねになることは月に一度、あっても二度から三度程度でございます」
ムロタ 「それが夫婦としてどうなのか、というのはさておき、それほど珍しくも、ありふれてもいないことだということですね」
フタバ 「そう捉えて頂いて間違いはないかと存じます」
ムロタ 「ふむ。では、権堂氏の部屋に駆けつけた時に、何か気付いたことなどは」
フタバ 「そうでございますね、わたくし朝食の後はお屋敷の中を掃除して回るのでございますが、今朝はたまたま旦那様のお部屋の前の廊下をずっと掃除しておりまして、シノブが旦那様のお部屋に旦那様をお呼びしに来た時も、一部始終を見ていたのでございますが、シノブが一度来て、鍵をとってもう一度来て、悲鳴を上げるまでの間、旦那様のお部屋を出入りした者はおりませんでした」
ムロタ 「ということは、権堂氏の部屋に真っ先に駆けつけたのは貴女ですか」
フタバ 「はい」
ムロタ 「権堂氏の部屋はいつもと変わらない様子で?」
フタバ 「はい、特に気付いたことはございませんでした。それから、わたくしお部屋を見回る職のせいか、施錠と鍵のありかを常に確認するクセがついておりまして、わたくしが旦那様のお部屋に入った時は窓もきちんと閉まっており、お部屋のマスターキーもいつもの場所に置いてございました」

ムロタ、ミヤモトとナガタを見る。

ミヤモト 「ひとつ、お尋ねしても?」
フタバ 「何なりと」
ミヤモト 「昨日の夕方に権藤氏の部屋の下水管が詰まってしまい、今朝、業者が来て修理をした。ということは、その間は権藤氏の部屋のシャワールームは使用できなかったはず。間違いありませんか」
フタバ 「間違いございません」
ミヤモト 「ですがあなたはさっき、配管の修理中に権藤氏の事件が起きたとそう言いましたね。権藤氏は、何故、使えないシャワールームでシャワーを浴びようと?」
フタバ 「申し訳ございません。説明不足でございました。旦那様がどうしてもシャワーを浴びたいと仰いますので、応急処置として詰まっている箇所を迂回するような形で一旦配管を組み、その後に修理して、戻すという方法をとっていただいたのでございます」
ミヤモト 「なるほど」
フタバ 「応急処置でございましたので、臭いなどの逆流を防ぐフィルターの精度も下がる旨を業者の方は仰られたのでございますが、旦那様は構わないと、そう仰いまして」
ミヤモト 「分かりました、どうもありがとうございます」

ミヤモト、ナガタ、頷く。

ムロタ 「結構です。どうもありがとうございました」
フタバ 「いえ、お役に立てましたならば幸いでございます。それでは、失礼いたします」

フタバ、一礼。

ムロタ 「ああ、ヒトエさんを呼んで来ていただけますか」
フタバ 「かしこまりました」

フタバ、上手に退場。


top
prev index next


scenario
prev
index
next
※message
inserted by FC2 system