第二幕・第三場:2人目の証言者

上手より、メイドさん登場。権堂家家政婦、ミチル。

ミチル 「失礼いたします。シノブより、お呼びと伺って参りました。権藤家家政婦のミチルです」
ムロタ 「ミチルさん、シノブさんのお姉さんだそうですね」
ミチル 「その通りでございます」
ムロタ 「お忙しいところご足労頂き、ありがとうございます。家政婦長のお仕事お忙しいでしょうに申し訳ありません」
ミチル 「え?」
ムロタ 「いえ、ですから、家政婦長のお仕事があるのでしょう?」
ミチル 「あの、お言葉を返すようで恐縮でございますが、それはわたくしではなく、シノブとわたくしの姉のヒトエのことでございます。姉をお呼びでしたか、誠に申し訳ありませんこちらの手違いで」
ムロタ 「な、なんと、これは失敬。いや、勝手にそうだと思い込んでおりました。こちらこそ申し訳ありません」
ナガタ 「二人姉妹じゃなかったのか」
ミヤモト 「姉たち、と言っていただろうに」
ミチル 「あの、すぐに姉を呼んで参ります」
ムロタ 「ああいえ、それには及びません。せっかく来て頂いたのですから貴女からお話を聞かせて頂けませんか」
ミチル 「ええ、それは構いませんが、本当によろしいのですか?」
ムロタ 「最終的に皆さんからお話を伺うのですから。それよりも、シノブさんに『姉を呼んで来てほしい』と曖昧な言い方をしてしまったのは私の落ち度です。どうか彼女を責めないでやってください」
ミチル 「シノブはこういったところが気が利かないといつも叱っているのでございますが、そう仰られるのでしたら」
ムロタ 「それではミチルさん、まずは貴女の権藤家におけるお仕事の方から教えて頂けますか」
ミチル 「かしこまりました。わたくしは、主に厨房および食堂における配膳や後片付けを担当しております」
ムロタ 「なるほど、ということは事件が起きた頃は」
ミチル 「厨房で今朝の朝食の後片付けなどをしておりました。最初は姉や妹も手伝ってくれておりましたが、途中からはわたくし一人で」
ムロタ 「昨日から今朝にかけては大変だったでしょう」
ミチル 「え?」
ムロタ 「いえ、殿村副会長がお泊りで、食事にも気を遣われたのではないかと思いまして」
ミチル 「あ、ああ、そういう意味でございますか。ええ、そうでございますね。作る量といたしましては副会長様と秘書様のお二人分を増やせば良いだけでございますので、さほど苦労は致しませんが、お好みやアレルギーなどには気をつけねばなりませんし、何よりお客様でございますから、やはり気を遣わないと言えば嘘になってしまいましょう」
ムロタ 「なるほど。ところで、そういう意味で、とは?」
ミチル 「……あの、これはお客様の不名誉にも繋がることですから、あまり他言しないで頂きたいのですが」
ムロタ 「ええ、無論です」
ミチル 「昨晩の献立は、奥様のご希望でビーフシチューに致しましたのですが、その、殿村副会長様がお手を滑らせて、お召し物やテーブルクロスや絨毯を大きくお汚しになられまして、その後始末に昨晩から掛かりきりでございまして」
ムロタ 「それは大変でしたね」
ミヤモト 「ちょっといいかな」
ミチル 「なんでございますか」
ミヤモト 「いや、大したことじゃないんだが、どうしてそんなことに掛かりきりだったんだい」
ナガタ 「そりゃよっぽど盛大にぶちまけて大仕事だったからに決まってるだろ」
ミヤモト 「ナガタくんはちょっと口を減らしててくれたまえ」
ナガタ 「ぐっ」
ミヤモト 「権堂財閥の会長のお宅だ、衣服やテーブルクロスや絨毯や台拭きが汚れたとしても、クリーニングに出す、処分して新しいものを揃える、それで済む話じゃないのかい。どうして、そんなことに掛かりきりになる必要があったのか、その辺りを教えてもらえないか」
ミチル 「かしこまりました。殿村様はご自分がいろいろなものを台無しにしてしまわれたことをお気になさったようで、すぐに秘書の方にお命じになって漂白剤や洗剤を大量に調達して下さいました。そうまでして頂いてしまいますと、わたくしどもといたしましてもそれを無駄にするというわけにも参りません。ですので、盥などに水を張りまして、その塩素系の漂白剤を投入いたしまして、テーブルクロスや台拭きの漂白を試みたのでございます。それから絨毯やスーツのシミ抜きなども」
ミヤモト 「それは確かに大仕事だね。了解したよ、どうもありがとう」
ムロタ 「ということは、貴女は昨晩からはいつもよりも長く厨房に籠っていた、と考えて構いませんね」
ミチル 「その通りでございます」
ムロタ 「では、貴女が最後に権藤氏に会われたのは今朝の朝食が最後、ということになりますか」
ミチル 「そうでございます。夕食の後は朝食まで一度もお顔を拝見しておりませんし、朝食の後は一晩の漂白を終えた台拭きなどの処理をしておりましたものですから、シノブが悲鳴を上げて呼ぶまでは旦那さまには」
ムロタ 「よく分かりました。では、その他のことについて伺いましょう。例えば、最近、何か変わったことはありませんでしたか?」
ミチル 「変わったこと、でございますか。申し訳ございませんが、そう仰られましても、これといって思い当たることはございません。食事量や内容なども特に大きな変化はございませんでしたし、最近になって食欲が落ちている、あるいは増進しているといったこともございませんでした」
ムロタ 「なるほど、ちなみに権堂氏の部屋に駆けつけた時には、何か」
ミチル 「申し訳ございません。わたくしは旦那様のお部屋にお入りすることはほとんどありませんし、気付いたことは、特には」
ムロタ 「結構です」

ムロタ、ミヤモトとナガタに目をやる。二人、頷く。

ムロタ 「それでは、次の方においでいただきましょうか」
ミチル 「かしこまりました。家政婦長のヒトエ姉さんをお呼びすればよろしいのですね」
ムロタ 「もしかして、ミチルさんとヒトエさんの間にまだ姉妹がいる、などということは」
ミチル 「ご明察でございます。わたくしは上から数えて三番目。一番上が家政婦長のヒトエ、その次が清掃担当のフタバ、食事担当のわたくしミチル、一番下が雑務担当のシノブ。この四人が当家の家政婦でございます」

ムロタ、大げさにため息をつく。

ムロタ 「メインディッシュはあとにとっておくことにしましょうか。下から順に来たのだから、この流れに沿って行くのも悪くないでしょう。貴女のすぐ上の、フタバさんを呼んでいただけますか」
ミチル 「フタバ姉さんでよろしいのですね」
ムロタ 「よろしくお願いします」
ミチル 「かしこまりました。失礼いたします」

ミチル、上手に退場。


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