第二幕・第二場:1人目の証言者

上手より、メイドさん登場。権堂家家政婦、シノブ。

シノブ 「失礼いたします。お呼びと伺って、参りました。権堂家家政婦をしております、シノブと申します」
ムロタ 「ご足労頂いて申し訳ありません。こちらの方はミヤモトさんと言って、私とナガタさんの共通の知人です」
シノブ (一礼して)「存じております。面識はございませんが、当家の者一同、奥様から記者のナガタ様のご友人がいらっしゃるので、ご協力申し上げるようにと仰せつかっております」
ムロタ 「ふむ、それでは早速ですが、まずは貴女自身のことと、今朝のことを聞かせていただけますか」
シノブ 「かしこまりました。わたくしは当家に勤める家政婦の中でも少々特殊な立ち位置でございまして、担当部署を持たず、当家の雑務全般を引き受けております」
ナガタ 「ええと?」
シノブ 「一言で申し上げれば、使い走りでございます」
ナガタ 「え、あ、ごめん」
シノブ 「結構でございます。姉たちに比べましてわたくしは不器用で気が利かないものですから」
ムロタ 「それで」
シノブ 「はい、ですから、来客がありました際に取り次ぎますのもわたくしの仕事でございます。今朝、当家にそちらのナガタ様がいらっしゃいました時に、そのことを旦那様にお知らせしに参りましたところ、旦那様の部屋には鍵がかかっておりまして、中から返事がなかったのでございます」
ムロタ 「部屋の鍵は?」
シノブ 「奥様と家政婦長である姉がスペアキーを。旦那様がマスターキーをお持ちである以外にはございません。もちろん中から鍵をかけることはできますが、外からですとそのどれかを使わなければ、鍵は」
ムロタ 「なるほど、それから」
シノブ 「旦那様はお客様が来られるときはいつも、お会いになられる前に、旦那様のお部屋についている小さなシャワールームでシャワーをお浴びになります。これは儀式のようなもので、やらないと落ち着かないのだと旦那様はよく笑っておいででした。ですから、わたくしは本日もシャワールームに籠っておいでなのでお返事がないものと推測いたしました。その推測を確かめるために、そしてナガタ様がいらっしゃったことをお伝えするために、旦那様のお部屋の鍵を借りに姉のもとへ参りました」
ムロタ 「お姉さんはどこに?」
シノブ 「姉は玄関ホールにおりました。そこからなら居間にも、食堂にも、厨房にも、庭にも、すぐに向かうことができ、全体の状況を見渡すのに都合がよいのだと、よく言っておりました」
ムロタ 「事情を話して鍵を借りたのですね」
シノブ 「はい。旦那様の部屋に戻り、鍵が掛っていることをもう一度確認して、わたくしは鍵を開け、扉を開きました。予想通りと言うべきでしょうか、旦那様のお部屋から続くシャワールームの電気がついているのが分かりました。わたくしは近寄って行って、中の様子を窺ったのですが、シャワーの音も、人の気配もいたしませんでした。わたくしは思い切って声をおかけしたのですが、返事もございませんでした。ですので、叱られるのを覚悟いたしまして、シャワールームの扉を開いてみましたところ、旦那様が……」
ムロタ 「なるほど。その時に、何か気付いた事などはありませんか」
シノブ 「気付いたこと、でございますか。動転のあまり思わず悲鳴を上げてしまい、へたりこんでしまいましたので、姉たちが駆けつけてくれるまでのことはちょっと」
ムロタ 「どんな些細なことでもいいんです。例えば、その時に室内に権藤氏と貴女以外の人がいたかどうか、とか」
シノブ 「いえ、いなかったように思います。間違いないかと言われれば、絶対にとは申し上げられませんが、いればさすがに気付いたかと」
ムロタ 「そうですか」
シノブ 「ただなにぶんにも動転しておりましたもので、駆けつけてくれた姉たちの方がその辺りもちゃんと記憶しているかと存じます。そうでございますね、ひとつ、申し上げれば、シャワールームからは何か、鼻を突く刺激臭がしたように思います。特に怪しげなものは見当たらなかったように記憶しておりますが」
ムロタ 「なるほど、それだけでも十分な情報です。どうもありがとうございます。では、権藤氏のことについてですが」
シノブ 「はい」
ムロタ 「何か、恨まれている、といった心当たりはありませんか。家族仲が悪かった、とか。あるいは何かを思いつめている様子だった、とか」
シノブ 「あの、雇い主ですから、ご家族のことはあまり悪くは……」
ムロタ 「ああ、確かに。申し訳ありません、言いにくいことでしたか」
シノブ 「それに、お仕事の方のことはあまり旦那様もお話になりませんから。何かを悩んでいるといったご様子も、わたくしにはちょっと……」
ムロタ 「ふむ、ではその他、最近なにか特に気になることなどはありませんでしたか?何か妙なことが起きたとか、そういったことで」
シノブ 「いえ、特には……そうでございますね。強いて挙げるなら、昨日、お屋敷の塀に誰かに落書きをされたことと、昨晩から殿村副会長が宿泊されていることぐらいでしょうか」
ムロタ 「落書き、ですか」
シノブ 「ええ、他愛のない落書きでございます。意味不明な文字列と、何と申しますか、その、下品な絵の。ですが、その件については姉の方が」
ムロタ 「なるほど。それについては後ほど伺いましょう。それから、副会長が宿泊されていると」
シノブ 「そうでございます。殿村副会長、わたくしどもの雇い主、権藤財閥会長の権藤銀吾に次ぐ地位の、殿村裕彦副会長様でございます」
ムロタ 「そういったことは、よくあるのですか?」
シノブ 「よく、というほどではありませんが、月に一度か、二月に一度ぐらいでしょうか。泊り込みでいろいろとお話をされているようでございますが」
ムロタ 「なるほど」

ムロタ、ミヤモトとナガタを見る。二人とも小さく頷く。

ムロタ 「結構です。ご協力どうもありがとうございました」
シノブ (深々とお辞儀して)「いえ、失礼いたします」
ムロタ 「ああ、そうだ」
シノブ 「いかがいたしましたか?」
ムロタ 「次は貴女のお姉さんにお話を伺いたいのですが、呼んできていただけますか」
シノブ 「かしこまりました。」

シノブ、上手に退場。


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