第一幕・第一場:ナガタ記者

舞台上手で一人の男(探偵・ミヤモト)が椅子に座って本を読んでいる。隣にはテーブル。上にガラスのボウルに盛られたチョコレート。
そこに客席から、首を捻りながら一人の男(記者・ナガタ)が舞台に向かう。呼び鈴を鳴らすも反応無し。呼び鈴鳴らしまくり、ガンガン叩くも反応無し。

ナガタ 「また開いてるんじゃないだろうな」

ドアノブを回すと、開く。

ナガタ 「またこのパターンかよ!アイツ学習能力ないな!」

開けて、舞台に上がる。

ナガタ 「ミヤモト!ミヤモト!いるんだろ!もう騙されないぞ!」
ミヤモト (鬱陶しそうに)「いるよ」

ミヤモト、一瞥もせずに本を読み続ける。無造作にボウルからチョコを一包み取って剥いてほおばる。

ナガタ (胸を張る)「ほら見ろ、いるじゃないか!」
ミヤモト 「だからいると言っただろう」
ナガタ 「威張るなよ!いるならいるで、もっと早く返事しろって何回言ったら!」
ミヤモト 「キミね、どうして厄介事を持って来たと分かりきっている、客でもない闖入者に愛想良くしなきゃいけない道理があるんだい。ボクはそこまでお人好しに出来てないんだよ、残念ながらね」
ナガタ 「ちっくしょー口が減らないヤツだなぁ!」
ミヤモト 「キミと一緒だよ」
ナガタ 「どこがだよ!」
ミヤモト 「見て分かるだろう、生まれてこの方、口はただ一つだ」
ナガタ 「本当にもう、減ればいいのに!」
ミヤモト 「……ふぅん?」
ナガタ 「そうしたらお前ももっと大人しく俺の話を聞いてくれるだろ!」
ミヤモト 「ふむ、もしかするとそれは、名案かも知れないな」
ナガタ 「そうだろ!」
ミヤモト 「よし、じゃあ減らしてみるか」

ミヤモト、言って、口を閉じ、本を読み始める。

ナガタ 「よし、大人しくなったところでちょっと相談なんだけどさ、なぁ、知恵を貸してくれよ」

ミヤモト、無視して本を読み続ける。ナガタ、無視して言葉を続ける。

ナガタ 「あのな、俺が取材してると色々頼まれ事したりするんだよ。これも俺の人徳かな。へへん。でな、今回は、殺人事件なんだよ。これ、お前もまだ知らないんじゃないか、なんてたって今朝だからな、今朝。あの権堂財閥の隠居した会長が風呂場で死んだって事件。いやあ、本当はその権堂会長の稀覯本コレクションが凄いって聞いて取材に行っただけだったんだけどさ、俺ってやっぱりこういう星の下に生まれてるんだなって。いや、人が死んでるんだからちょっと不謹慎だけどさ。それでな、これがどうにも不可解なんだよ。何人かから取材して、色々情報集めてるんだけど、どうにもわけが分からない。だからさ、頼むよ、知恵を貸してほしいんだよ。いやそりゃな、俺が一人でぱぱーっと解決できたらかっこいいよな、とか思うんだよ。思うんだけどさ、俺にはムリだから、ここは友達のよしみでさ、こう現場に来て、みんなを集めて、ぱぱーっと」

ミヤモト、黙って本を読み続けている。

ナガタ 「ミヤモト!なぁ!聞いてるんだろ!無視するなよ!寂しいだろ!」

縋り付かれて、ミヤモト、面倒くさげに見下して、本を読むのに戻る。

ナガタ 「ミヤモト!何とか言えよ!」

ミヤモト、黙って自分の口を指さす。

ナガタ 「口が、どうしたんだよ」

ミヤモト (大袈裟にため息をついて口パクで)「減・っ・た・ん・だ・よ」
ナガタ (ミヤモトに合わせて)「減・っ・た・ん・だ・よ?」

ナガタ、一瞬動きが止まってから。

ナガタ 「ちっくっしょー!お前って本当に嫌味なヤツだよな!なんでそうやっていつもいつも俺の揚げ足ばっかりとるんだよ!」
ミヤモト 「うるさいな。だいたい、ボクの言った通りじゃないか」
ナガタ 「何がだよ!」
ミヤモト 「キミが、厄介事を持ち込んできた、客じゃない闖入者だって話さ。一言でも反論の余地があるのかい」
ナガタ 「う……」

ナガタ、怯む。が、ふっふっふっふっふ、と不敵に笑いはじめる。

ナガタ 「お前って本当に冷たいから、きっとそんな風に来るだろうと思ってたんだよ」
ミヤモト 「……なんだい、その気味の悪い笑いは」
ナガタ 「今日の俺はひと味違うぜ」
ミヤモト 「いや別に舐めてみたいとも思わないんだが」
ナガタ 「混ぜっ返すなよ!今日俺が持ち込んだのは、厄介事だけじゃないんだぜ」

ナガタ、背後から一冊の本を取り出す。

ナガタ 「じゃーん!!」
ミヤモト 「な!そ、それは!『屠殺場の豚』の原典とも呼ばれる手記、『私の心は「牛がノートン女史になるかもしれないこと」の気掛かりでいっぱいだった』のイギリスで出版された原語版!しかもその装丁は数百部しか刷られなかったと言われている幻の初版だな!キミ、いったいどこでどうやってそれを!」
ナガタ 「やっぱり合ってたか。なんかそんな話を聞いた気がしてたんだよな!」
ミヤモト 「そんなことより!」
ナガタ 「権堂さんの奥さんに頼んでコレクションの中から譲ってもらったんだよ。お前を引っ張り出す役に立つと思って。さぁ、これが欲しかったら俺に知恵を貸してくれ!」
ミヤモト 「……くれるのかい?」
ナガタ 「奥さんは、価値がよく分からないから、助けていただけるなら差し上げますってさ」
ミヤモト 「……仕方がないな、交渉成立だ」

ミヤモト、本を閉じて、立ち上がる。

ミヤモト 「それじゃ、案内してくれよ。ボクをその事件現場、権堂家へ」


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