Scene3-2:a Black cat in the fridaY's morning

雪枝 「私と梢ちゃん、それと信博さんは幼馴染みなんです。(一旦言葉を切って、思いを馳せるように視線を宙に)どこに行くにも、何をするにも一緒で、いつまでもこんな関係でずっといられると、私はそう根拠もなくそう思っていました(自嘲気味に)。でも、そんな関係を崩してしまったのは、私でした」
真奈美 「雪枝ちゃん、あなただけが悪い訳じゃないわ」
雪枝 (無言で首を横に振って)「……男一人に女二人。その中で何かあったらあぶれるのは一人だって、分かってたのに」
由希子 「何か、あったんですか?」
雪枝 「結論から言えば、何も。大きな出来事も、はっきりとしたきっかけも、何もないままに、ただ何となく私も梢ちゃんも信博さんが好きで、そして、信博さんが私を選んだって、ただそれだけのことです」
由希子 「お二人がお付き合いを始めてから、梢さんの様子はどうでした?」
雪枝 「最初は、私たちの前だけではずっと空元気を振り絞ってるようで、正直に言えば、罪悪感でいっぱいでした。でも、私たちが結婚したあたりから吹っ切れたのか、年下の彼氏ができたって話を聞かせてくれました」
由希子 「その人が、平田庄司さんですね。15年前の」
雪枝 (首を横に振る)「分かりません。私たちは話を聞いただけで、会わせてもらったことはないんです。紹介してってお願いしても、その内にねってはぐらかされてばっかりで」
由希子 「そうですか。とは言え、おそらく間違いはないでしょう。周囲の証言から考えて、時期も一致します。それで、どうなったんですか」
雪枝 「結婚して半年で子どもができたって分かりました。梢ちゃんにもすぐに報告したんです。そうしたら、おめでとうって笑顔で言ってくれて」
由希子 「でも、その出産の日に、梢さんは信博さんを、竜ノ沢渓谷に呼び出しているわけですね」
雪枝 「はい。私が分娩室に入る直前に信博さんに電話がかかってきて、普通じゃなく切羽詰まった様子で、どうしても心配だからちょっと行ってくる。すぐに戻るからって」
由希子 「でも……(一息置く)戻って来なかった」
雪枝 「はい。翌朝、信博さんのことを聞いてもみんなはぐらかすばかりで、本当のことを教えてもらえたのは三日も過ぎてからでした」
由希子 「さぞ驚かれたことでしょう」
雪枝 「最初はまったく信じられませんでした。もちろん、今でも信じられない気持ちでいっぱいです。でも、平田さんという方が亡くなって、梢ちゃんが意識不明で、信博さんが帰って来ないのは、どうしようもない事実でしたから」
由希子 「なるほど。その他に、何かご存知のことがありましたら、お話し願いたいのですが」
雪枝 「そう言われましても、私が知っているのはこのぐらいのことで」
由希子 「そうですか。いや、話しにくいことでしたでしょうに、どうもありがとうございます。」
雪枝 (深くため息をつく)
由希子 「ついで、と言ってはなんですが、いかがでしょう、もしもご興味がおありなら、ですが、15年前の事件について、もう少し詳しいお話など」
雪枝 「え?」

真奈美、聡美も『え?』という表情。

由希子 「いえね、15年前に何があったのか、これは詳しく知っておかないとどうもまずいぞと思いまして、その当時に真っ先に現場に向かって、現場検証に立ち会った巡査と、平田庄司さんの検死解剖を行った医師にも来ていただいているのです。おや、噂をすれば」

下手より、つかつかと黒田孔雀登場。

孔雀 「失礼いたします。お呼びと聞いてやって参りました、竜ノ沢総合病院の黒田孔雀です」
由希子 「やあブラックジャック先生。お待ちしておりましたよ」
孔雀 (肩をこけさせて、呟くように)「どこまで浸透しているんだそのあだ名は」
由希子 「何か?」
孔雀 「いいえ何でも」

孔雀、咳払いを一つ。

孔雀 「確か、15年前にあった竜ノ沢渓谷の事件の被害者のことがお知りになりたいとか」
由希子 「ええ、その通り。検死解剖を担当したのはあなただと聞いたのですが」
孔雀 (うなずく)「その時の記録を持って参りました。なにぶんにも古い記録ですが、問題はないでしょう」

孔雀、紙の束を取り出してめくる。

孔雀 「被害者氏名は、平田庄司。これはご家族にも確認していただきましたし、歯医者に残っていた歯形の記録も一致しましたので間違いはないと思われます。病歴やその他今回関係なさそうな所見は省きまして、死因は、後頭部の打撲。具体的には、大きなスパナか何かでガツン!とやられたわけです。ガツン!と(何度か振り下ろす仕草)」

真奈美、聡美、眉をひそめる。

孔雀 (それに気づいて)「失礼。それから、死後に狭いところに押し込まれ、その後に地面で擦れ、最後に叩き付けられております。これは現場検証の結果からも分かっているのですが、どうやら車のトランクの荷物を取ろうとしたのか、屈んだところを後ろから殴られ、そのままトランクに詰め込まれ、車が崖下に転落した時に放り出された、と考えられますね」
由希子 「そんなことまで分かるのですか」
孔雀 「傷を調べれば、使われた凶器やぶつかった角度、生きているときに負ったのか、死後つけられたのか、その辺ははっきりと分かります。死後硬直の具合から死後の姿勢も分かります。そういった情報を組み合わせていけば、その時の状況は自ずと明らかになります」
真奈美 (おずおずと手を挙げ)「あの……」

聡美、やめなさいよ、と後ろから引き留めようとする。

由希子 「構いませんよ。なんでしょう、ええと、加納さん」
真奈美 「平田さんは死後、車のトランクに詰められて、その後に車が崖から転落したと仰いましたけど、その、初耳なんですが、そうなんですか?」
由希子 「ええ、一応その辺りまでは公式に発表されているはずですが、よほど興味がない限りご記憶ではないでしょうね」
真奈美 「え、ええ。三人で車に乗っていて、運転していた幡中さんの旦那さんが何かしたのだとばかり」
由希子 「では次は実際の現場を知る者にご登場願いましょうか」

言うと同時に、下手より雄一郎が駆け込んでくる。

雄一郎 「堺雄一郎!お呼びに従いやって参りました!」(ビシっと敬礼)
由希子 「堺巡査、楽にしたまえ」
雄一郎 (敬礼したまま)「ハ!そう言われましても、本官、今はまだ勤務中でありまして!」
由希子 「構わんよ。もっと楽にしたまえ」
雄一郎 「ハ!それでは、失礼いたしまして!」

雄一郎、敬礼をやめ、辺りをキョロキョロして、孔雀を見つける。

雄一郎 「や!これはブラックジャック先生!お久しぶりであります!」
孔雀 (小声で)「もうヤだこの地域」
雄一郎 「ハ!なんでありますかっ?」
孔雀 「いーや、なんでもない。堺巡査、お久しぶり。元気そうで何よりです」
雄一郎 「ハ!先生もお変わりなさそうで!」
由希子 「堺巡査」(凛とした通る声で)
雄一郎 「ハ!」(由希子の方に向き直る)
由希子 「早速で申し訳ないが、15年前にあった竜ノ沢渓谷の事件について教えてもらえないか」
雄一郎 「ハ!了解であります!(言うやいなや、空で唱え始める)事件があったのは15年前、1996年の8月26日深夜のことであります!関係者は幡中信博、牧田梢、平田庄司の三名!」
由希子 (軽く焦ったように)「ちょ、ちょっと待ちたまえ、堺巡査!」
雄一郎 「ハ!なんでありますかっ?」
由希子 「君はもしや、竜ノ沢地区で起きた事件をすべて暗記しているとでも言うのかね。だとしたらそれはとんでもないことだぞ!」
雄一郎 「巡査部長!お言葉を返すようで恐縮でありますが、それは違うのであります!本官が空で憶えておりますのはこの事件のみであります!」
由希子 「……説明したまえ、堺巡査」
雄一郎 「ハ!私事で恐縮なのでありますが、被害者である平田庄司は、本官の高校時代の同期なのでありまして!」
由希子 「な、なんだって。それは初耳だぞ」
雄一郎 「ハ!本官もお話しするのは初めてであります!」
由希子 「……平田庄司とは、仲が良かったのかね」
雄一郎 「向こうはどう思っていたものか分かりかねますが、本官は親友だと思っていたぐらいでありまして!ですから!庄司のヤツが死んだと聞いた時は!本官は!本官は!」

雄一郎、感極まって肩を震わせ始める。

雄一郎 「……み、みっともないところをお見せして、申し訳、なく思う次第であります……」
由希子 「いや、構わんよ。済まないな、思い出させてしまって」
雄一郎 「いえ、最も不甲斐ないのは本官でありまして!殺人の時効は15年、もうあと一週間と迫っておりますのに、本官は警察組織の一員でありながら親友の仇をとることもできないまま!」
由希子 「堺巡査!物騒なことを言うものじゃない。私たち警察は報復するための組織じゃないのだぞ」
雄一郎 「し、失礼いたしました!こ、これは、口が滑ったと申しますか!」
由希子 「今回だけは聞かなかったことにしてやる。それで、事件についてもっと詳しいところを頼む」
雄一郎 「了解いたしました!」(びしっと敬礼)

雄一郎、今度は手帳を取り出し、ページを繰る。

雄一郎 (一息ついて)「ブラックジャック先生がおいでということは、平田庄司の死因などについては既に説明済み、と考えて構わないのでありますかっ?」

由希子、大きくうなずく。

雄一郎 「それでは!まず、平田庄司殺害の凶器は、事件に使用された車、これは平田庄司の所有するものなのでありますが、これに積まれていた大きなスパナであることが分かっております。そのスパナ、トランク、および平田庄司の衣服や持ち物などから、幡中信博容疑者の指紋が検出されております」

雪枝、真奈美、聡美、息をのむ。

雄一郎 「また、現場の状況から考えまして、平田庄司を殺害した幡中信博容疑者はその死体をトランクに詰め、助手席に牧田梢さんを乗せ、竜ノ沢渓谷の細道を走っている途中でハンドル操作を誤り、ガードレールを突き破って崖下に転落したものと考えられております。現場にブレーキ痕は残っておりませんが、蛇行して走ったタイヤ跡が残っておりました」

真奈美、聡美、顔を伏せる。

雄一郎 「崖下に叩き付けられた車は炎上こそしなかったものの、ドアやトランクの扉が吹き飛んだりねじ曲がったりしている惨状でありまして、救急隊が到着した時には車から投げ出され、頭部を強く打って昏睡状態の牧田梢と、トランクから放り出された平田庄司の遺体が残されているのみでありました。従いまして、幡中信博容疑者は奇跡的に意識を回復し、現場から逃走したものと見られておりますが、未だその足取りは掴めておりません。以上であります」
由希子 「うむ、ご苦労。と言いたいところだが、一つ抜けているな」
雄一郎 「と、言いますと」
由希子 「動機だ」

真奈美、聡美、顔を上げる。

由希子 「平田庄司と幡中信博の間に面識はなかった。従って揉め事も無かっただろう。であるならば、なぜ、幡中信博は平田庄司を殺害せねばならなかったのか。その辺りは、調べはついていないのか」
雄一郎 「お言葉でありますが巡査部長。牧田梢の方が動機はないと思われます。何故恋人を殺さねばならないのか、そしてその現場に他人を呼ばねばならないのか、それはどうにも説明できないのであります。従いまして、女一人に男二人とあれば、一人の女を巡る男同士の争いと考えた方が自然であります」
由希子 「片方に細君があり、子どもも生まれんとしているのにか」
雄一郎 「感情は理性では割り切れないものではないかと、本官は思っております」
由希子 「……ふむ」

由希子は納得しきれないというように眉根をひそめる。
真奈美と聡美はそんなこともあるかもなぁ、といった感じで聞いている。孔雀と雪枝はまっすぐに由希子と雄一郎を見つめている。

由希子 「……、堺巡査、ご苦労だった。下がって構わないよ」
雄一郎 「ハ!」

雄一郎、敬礼して、去ろうと向きを変えるが、はたと思いだし、もう一度向きを変える。

雄一郎 「と、本官一つ忘れておりました!」
由希子 「何をかな」
雄一郎 「こちらで何か写真をもらえと言われたのでありました!」
由希子 「あ、ああそうか、そうだったな。済まない。今、牧田梢の捜索に全力を挙げてもらっていることだと思うが、これからはこちらのご婦人方の娘さんも一緒に探してもらいたいのだ。写真は、この写しをあげよう」
雄一郎 「ハ!ありがたくお借りいたします!」

雄一郎、受け取って目をやる。

由希子 「まだ紹介していなかったが、このご婦人方は15年前の事件の関係者、幡中信博さんの妻、雪枝さんと、そのお友達だ。娘さん達、その写真の三人が、タイミング悪く行方を眩ましてしまったようでね。できれば牧田梢と接触するまえに押さえたい」
雄一郎 「ハ!それにしても奇遇ですな!」
由希子 「何がだね」
雄一郎 「いえ、この三人によく似た子達には、今日お会いしたばかりであります!」
由希子 「な、なんだと!どこでだ!」

真奈美、聡美、雪枝も色めき立つ。聡美は真っ先に雄一郎に駆け寄る。

雄一郎 「竜ノ沢入り口であります。ですが、三人連れではなく、四人連れでしたな」
由希子 「な、も、もう牧田梢と接触していたと言うのか!」
雄一郎 「いえ、四人目は中年の男で、殿村などと名乗っておりましたな」
由希子 「殿村?」
雄一郎 「そうそう、この子の父親だと。それから、親しみを込めて『ドンさん』と呼ばれておりましたな!」
雪枝 (写真を見て)「うちの子です!」
聡美 「ドンさんって、うちの娘の知り合いですわ!」
雄一郎 「なんですと!」
由希子 「竜ノ沢入口だな!すぐに手配しろ!」

下手袖より声。

声 「巡査部長!」
由希子 (下手に)「なんだ!」
声 「18時42分、牧田梢を確保いたしました!」
由希子 「なんだと!場所は!」
声 「竜ノ沢入口付近であります!」
由希子 「竜ノ沢、竜ノ沢か、よし、私も行くぞ!君らもついてくるかね?」

雪枝、真奈美、聡美、声をそろえて、

三人 「はい!」
由希子 「よし!」

早足で下手に捌ける由希子、早足でついて行く三人と小走りの雄一郎。最後にゆっくりと孔雀が捌ける。


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