Scene4:this is the probreM, to believe or not to believE

上手奥より、ゆっくりと桐子、和美、ドンさん、みさき登場。手にろうそくを持っている風に。

桐子 「ねぇ、和美、この辺?」
和美 「ちょっと待ってよ、もう暗くなってるからよくわかんないんだから」
桐子 「だったらろうそくとかやめて、せめて懐中電灯使えばいーのに」
和美 「だってせっかく持ってきたのにもったいないじゃん。それに、こっちの方がなんか雰囲気出るし」
桐子 「何の雰囲気だか」

桐子たちは周囲をぐるぐる見ながらゆっくり歩いてくる。
和美は一人で見回しながらセンターツラまで来て、下手奥を指さし、それを目の前まで引っ張って、上手奥に。

和美 「うん、間違いない。昔の新聞記事とか地図とか引っ張り出して確認したもん」

和美、うなずいて、

和美 「みんなー、着いたよー!ここだよ!ここが15年前の事件の現場。ここから車が転落したんだよ!」

桐子たち、歓声を上げながら駆け寄る。ドンさんだけ一歩引いて遠巻きに。

桐子 「えー、なに、ホントにここ?」
和美 「間違いないよ!記事で見た通りの道のくねりだし、ここだけガードレール不自然に繋いだ痕あるし!」
桐子 「ふーん、ま、確かにそれっぽいよね」
和美 「反応薄っ。ね、みさきはどう?」
みさき 「……うん」

何か思うところがあるのか、曖昧な返事をしながら下を覗き込んだりしている。
つられて和美と桐子も覗き込む。

和美 「暗くてなーんにも見えないね」
桐子 「だから懐中電灯使えばって言ってるのに」
みさき 「……いいんだよ」
桐子 「えっ?」
みさき 「いいんだよ、見えなくて」
桐子 「でもさ、みさき、あんだけ来てみたいって言って……」
みさき 「見えない方が、いいんだよ。きっと」

三人とも黙る。
後ろからドンさんが声をかける。

ドンさん 「なぁ」
みさき 「……なに?」
ドンさん 「ここって、15年前に殺人事件があったんだろ」
みさき 「そうだね」
ドンさん 「……それなのに、どうしてこんなところに来たかったんだ?」
みさき (ちょっとあって)「……わかんない」

四人とも黙る。

みさき 「その事件の犯人はお父さん……そう言われてる。本当かどうかわかんない。だけど私が生まれた時にはもうそういうことになってて、私は生まれてから一度もお父さんに会ったことなくって、だから……」

噛み締めるように言って、周りを見回す。

みさき 「一回、ここに来とかなきゃいけないって、そんな気がしてたの」

四人とも沈黙。

みさき 「だからちょっと無理言ってみんなにつきあってもらっちゃった。(ちょっと笑って)なんてね、こう見えてみんなにも色々あるんだよ。例えば和美ちゃんは、お母さんが厳しいの」
和美 「厳しいってモンじゃないわよあの石頭!いっつもキーキー言ってさ、大人のヒステリー程見苦しいものってないと思うのよね、アタシ。あーしなさいこーしなさいあれしちゃだめこれしちゃだめ。いっつもそんなんばっか。だから、その反動?ってヤツでアタシは理屈や規則で割り切れないものが大好き。お化けとかユーレイとか、ゾンビとか宇宙人とか怪獣とか!今日も、そんなのが見れるといいなーって思って来たんだけど、期待はずれだったみたい。ま、しょーがないけど」
桐子 「私は別にそんなのはないけどな」
和美 「えー、うっそだぁ。桐子だって絶対なんかあるって!」
桐子 「そんな言われても。家族仲は良好だし(指を一本折る)、ほら私って容姿端麗(二本折る)、成績優秀(三本折る)、スポーツ万能(四本折る)の完璧美少女じゃん?」
和美 「自分で言うな!」
桐子 「でもこんな私にも悩みがあるのです」
和美 「ほら来た!」
桐子 「あんまりにも完璧すぎて友達が離れて行っちゃわないかなー」
和美 「乗ったアタシがバカだったよ!」

みさき、桐子、和美、爆笑。

桐子 (ひとしきり笑って、笑顔のまま)「……あー、でもさ、完璧じゃないとほら、バカにされるからさ」

二人も笑いを引っ込める。

桐子 「私の本当の両親ってさ、借金作って夜逃げしちゃったんだよね。私一人置いてさ。今は叔母さんが引き取ってくれて、大事にしてくれてる。だけど、私が一つでも弱みを見せると、親戚中に『ほら見たことかあの親の子だから』って言われる。『あんなのを押しつけられて可哀想に』って目で叔母さんが見られる。それって癪じゃない?私だってやればできるし、幸せになる権利だってあるはずじゃないっ?」

桐子、空を見上げる。

桐子 「だから、私はいつも完璧で、こんな完璧な私とずっと一緒にいてくれる友達が二人もいて、幸せの絶頂で、悩みなんか何にも無いのでした。おしまい」
和美 「絶頂たぁ聞き捨てならねーわ。(だん!と足を踏みならす)桐子、アンタやっぱりアタシたちを舐めてんでしょ。これから、もっとよ!もっと幸せになんのよアンタは!アタシたちがしてやんだから覚悟しときなさいよ!ね、みさき!」
みさき (笑顔で)「うんっ!」
桐子 (照れて頭を掻きながら)「あはは、参ったねこりゃ。うん、じゃあ覚悟しときますか」

しばし沈黙。

桐子 「やっぱりさ、来れて良かったよね」
みさき 「……うん」
桐子 「中学三年生の夏は大切だって言うけどさ、だからこそ、来れて良かったよ」
和美 「まーね。高校行っちゃうとアタシだけは離れ離れだし」
みさき 「ねぇ、和美ちゃん、やっぱり考え直してわたしたちと一緒の高校に行かない?」
和美 (軽くため息をついて)「だから、前から言ってるけど、気持ちは嬉しいよ。嬉しいけどさ、アタシそんなに頭良くないワケ。それに、ほら、アタシには夢があるの。いつか宇宙人も怪獣も幽霊も捕まえられるような、そんな機械を作るんだって。そのためには工業高校の方が都合が良いワケよ」
みさき 「でも……」
桐子 「みさき、あんまり無理言わない」
和美 「ま、別に高校が別々になったからって友達じゃなくなるワケじゃないし、またいつだって会って遊べるって」

みさき、どうしてもイマイチ承伏しかねるらしく、口を真一文字に結んで立ちつくす。

和美 「ね?」
みさき 「……う、うん」

みさき、なんとか頷く。

桐子 (気を遣って話題を変えようと)「ところでドンさん、ドンさんはどんな人生?」
ドンさん 「お、俺かい?俺は……実はだいたい15年より前のことを全然憶えてないんだ」
桐子 「あ、そっか。記憶喪失だっけ」
ドンさん 「15年ぐらい前にこの山のちょうど向こう側辺りをふらふら歩いてるところをホームレス仲間に助けてもらって、それ以来山奥の工事現場とか土木作業現場とかを日雇いで渡り歩いて生活してたな。こっちに来たのは、2年ぐらい前か」
桐子 「そうなんだ。……ねぇ、不安じゃない?」
ドンさん 「不安じゃないって言えば、嘘になるな。でも、くよくよしたってしょうがないって思うことにしてるわけよ。ほら、記憶喪失のホームレスやってるおかげでこうして和美ちゃんや桐子ちゃんやみさきちゃんと仲良くなれたわけだしな、そんなに悪い人生じゃねぇさ」
桐子 「ポジティブー」
みさき 「ところでドンさん、なんでそんなに後ろの方にいるの。もっとこっち来ればいいのに」
和美 「分かった、高所恐怖症なんだぁ」
桐子 「あり得ない。だって山奥の工事現場とかで働いてたんでしょ。だったら仕事になんないよ」
ドンさん (言われて初めて気付いたように)「あ、ああ。高所恐怖症じゃあ、ないな」

一歩踏み出そうとして、ためらい、止まる。

ドンさん (戸惑いながら)「でも、なんだろうな。何となく、近寄りたくないような気がして」
桐子 「何となく?ってことは、もしかして、なくした記憶と関係あるんじゃないの?」
和美 「えっ!ホント?マジでマジで?」
みさき 「だ、だったら、ちょっと我慢してこっち来てみるといいんじゃないかな。あんまり無理はしない方が良いと思うけど……」
ドンさん 「そ、そうだな。ちょ、ちょっと、寄ってみるか」

ドンさん、そろそろと、おっかなびっくり寄っていく。

和美 「お、もうちょっと!」
桐子 「がんばれ!」
みさき 「頑張って!」

口々に声援を送り、ドンさん、ガードレールに辿り着く。
そして、下を覗き込む。

ドンさん (2,3秒して)「うっ」

呻いて、頭を抱えて後ろざまにひっくり返る。そして背中を丸めてうめき声を上げ続ける。

和美 「だ、大丈夫っ?」
桐子 「やっぱ無理だったのかなっ?」
みさき 「ごめんドンさん!大丈夫っ?」

ドンさん、頭と膝を抱えたまま。
桐子、上手に目をやる。

桐子 「げっ、誰か来た!」
和美 「逃げるっ?隠れるっ?助けを呼ぶっ?」
みさき 「え、えっと、ひとまず隠れよう!」
桐子 「異議なし!」

三人でドンさんを抱えて下手奥の袖際にしゃがみ込む。
上手奥より、由希子、雄一郎、そして牧田梢と梢に肩を貸す孔雀。少し遅れて雪枝、真奈美、聡美。

由希子 (先頭に立っている)「この辺かな、現場は」
雄一郎 「ハ!その先のカーブであります!」
由希子 (立ち止まって)「なるほど。牧田梢さん、どうですか、憶えがありますか」
梢 (後ろからついて行っていたが、立ち止まって)「え、ええ。何となくは」
由希子 「何となく、ですか。それも仕方がないでしょう。何せあなたにとっては眠っている間に15年も経っておったわけですからな。それなのに、もうこうしてご自分の足で立って歩いておられるとは、まさに奇跡だ」
梢 「ブラックジャック先生に助けていただいておりますから」
孔雀 (無言で顔をしかめ、諦めたようにため息をつく)
梢 (それに気づかず)「もう、15年も経っているのですね」
由希子 「然様。実感は、ないでしょうが」(再び歩き出す)
梢 (こちらも歩き出す)「ええ、事件がどうなっているのかは教えていただきましたけど、時効すら目前だなんてどう受け止めたらいいものやら、ただ、戸惑うばかりです……」
由希子 「お察しします」
雄一郎 (由希子がセンターツラについて)「巡査部長殿、そこであります」
由希子 「ここか、ここから……」
雄一郎 「ハ!(下手を指さし)こちらから走ってきた車が勢いよくこの(とセンターツラまでたどる)ガードレールを突き破って、真っ逆さまに……」
由希子 「なるほど……して、牧田梢さん。どうですかな、こちらに来られて。いや、病院を抜け出したと聞いて驚きましたが、この現場に向かっていたと聞いて二度驚きました。何故こちらにそれほどまでに?」
梢 「何故でしょう。ただ、居ても立ってもいられなくて」
由希子 「然様ですか」
梢 「ちょっと下を見てみても?」
由希子 「構いませんでしょう。ただ、落ちないようお気をつけください」
梢 「もちろんです」

梢、孔雀の肩を借りたまま崖下を覗き込む。他の三人はセンターツラからちょっとだけ上手の位置でキョロキョロしながら『ここですって』『怖いわね』と雑談。

梢 「信博さん、15年間も行方不明なんだそうですね」
由希子 「ええ、まったく天に昇ったか地に潜ったか」
梢 「あら、その言い方じゃまるで死んでしまったように聞こえますわ」
由希子 「いや、これは失敬。ただの慣用表現で、決してそういった意図では」
梢 「分かっております。分かっておりますけど……」

梢、上手の雪枝の方をちらりと見る。
由希子、ますます恐縮する。

梢 「ありがとうございます。ここまで来て少々息が切れました。少し端の方で休ませていただいても?」
由希子 「ええ、ええ。申し訳ありません、気付きませんで。どうぞ」

孔雀、肩を貸しながら上手奥に。それに気付いた雪枝が付き添う。孔雀、梢を座らせ、二、三口パクで質問。梢、頷き、首を振り、頷く。孔雀、納得したのか、梢のもとを離れて由希子のところへ。梢と雪枝は二人だけで口パク会話。

由希子 「先生、どう思います」
孔雀 「ずいぶんと気丈ですね。それから、本当に15年間昏睡状態で、今朝目が覚めたばかりなのかと自分を疑いたくなる程に健康です」
由希子 「何が彼女をそうさせているのか、か」

二人+雄一郎、現場を目の前にして無言。
その後ろで、梢が雪枝に話しかけ、雪枝の肩を借りて上手奥に消える。真奈美と聡美はそれに気付かないまま。
下手奥に隠れていたドンさんが何故か頭を片手で押さえながらよろよろと動き出し、二人を追う。和美、桐子、みさきもその後を慌てて追い、上手奥に。前の大人たちは全く気付かない。
6人とも消えた辺りで――

由希子 「さて、そろそろ引き上げましょうか」

由希子、言いつつ振り返るが、梢と雪枝がいない。

由希子 「なっ!牧田梢がいないぞ!」
孔雀 「な、なんだって!」
由希子 「まずいな、この闇の中だ崖から転落しないとも限らん。急いで探せ!」
雄一郎 「ハ!」
真奈美 「わ、私たちも!」
聡美 「お手伝いします!」
由希子 「ご協力感謝いたします。しかし先ほども申し上げた通り辺りは暗い。足下には十分注意し、無理はなさらぬよう」
真奈美&聡美「はい!」
真奈美、聡美、由希子、下手に。孔雀、雄一郎、上手に。

舞台上手奥から、雪枝に肩を借りた梢。
センター辺りまで来て、座る梢。雪枝も隣に腰掛ける。

梢 (雪枝に向かって)「ありがとう、雪枝ちゃん」
雪枝 (応えて)「ううん」
梢 (前を向いて)「本当に、久しぶりだね」
雪枝 (同じく)「そう、だね」

しばらく黙って川のせせらぎに耳を傾ける。

梢 「ねえ、雪枝ちゃん」
雪枝 「なに?」
梢 「もう、15年も経つんだってね」
雪枝 「そう、だね」
梢 「まだ、信博さん帰って来ないんだってね」
雪枝 「うん」
梢 「雪枝ちゃん」
雪枝 「なに?」
梢 「信博さんのこと、どう思う?」
雪枝 「どうって?」
梢 「本当に平田くんのこと、殺しちゃったんだと思う?」
雪枝 (一瞬待って)「ううん、思わない」
梢 「そっか……」

また、しばらく川のせせらぎに耳を傾ける。

梢 「正解」
雪枝 「何が?」
梢 「雪枝ちゃんは正しいよ。信博さんは、やってない」
雪枝 「そうなんだ」
梢 「あれ、あんまり驚かないね」
雪枝 「え、だって、それは信じてたもの」
梢 「信じてた、か。残酷な言葉だね。雪枝ちゃんは本当に意味が分かってるのかな」
雪枝 「どういうこと?」
梢 「だって、少し考えてみれば分かるでしょ」

梢、ここで再び雪枝の方に顔を向ける。

梢 「私と、信博さんと、平田さん。三人が竜ノ沢渓谷に行って、平田さんが殺された。犯人は信博さんじゃない。それなら?」
雪枝 (真意を問うように)「梢……ちゃん?」

梢、問いに答えず、立ち上がる。

梢 「私ね、信博さんのことが好きだったの」

雪枝、顔を伏せる。

梢 「でもね、雪枝ちゃんのことも好きだったから、頑張って祝福してあげようと思ってたの。本当よ」

梢から笑顔が消える。

梢 「だけどダメだった。二人が付き合い始めて、結婚して、子どもができるって聞いて――段々と私の心の中に暗くて重くて嫌なものが溜まっていってることに気付いたの。それは気付かないうちにどんどんと膨れ上がって、いつの間にかどうしようもないぐらいに大きくなって、だから、それが弾ける前に終わりにすることにしたの」
雪枝 「梢……ちゃん?」
梢 「二人の間に子どもが生まれちゃったらもうダメだって。だったらその前に何とかしようって。それでも、なかなか踏ん切りがつかなくて、本当にギリギリになっちゃったけど」
雪枝 (ようやく、信じたくない現実を悟る)「え、まさか、本当に、梢ちゃんが平田さんを?なんで?どうして?」
梢 「邪魔だったからよ」
雪枝 「そんな、だって……」
梢 「彼氏じゃなかったのかって?違うわ。浅ましくも私にまとわりついていただけの、信博さんの代わりになんてなるわけもない、ただの羽虫よ。それが身の程も知らずに、信博さんを忘れさせてみせる、私のためなら何でもできる、なんて言うから、試してあげたの。車のトランクにあなたの大切なものを置いておくから、ちゃんと拾えるかしらって」

梢、ヒステリックな笑い声を上げる。

梢 「傑作だったわ。アイツったら疑いもせずにトランクに上半身を突っ込んで、(ここからジェスチャー)私が後ろでスパナを振り上げても全然気付かないの。だから、その無防備な頭に向かって振り下ろしてあげたわ。何度も、何度もね。バカなヤツ!自分の大事な命を拾うことすらできないなんて!それから、ぐったりしたアイツをトランクに押し込んで、信博さんに電話したの。竜ノ沢渓谷に来て下さいって(ジェスチャーここまで)。信博さんはすぐ来てくれたわ。来てくれないかもって思ってた私は信博さんの姿を見たらすぐに泣き出してしまって、そしたら信博さんは何を勘違いしたのか、何か怖い目にあったのかとか大丈夫かとか言って必死に慰めようとするの。私、今度は反対に笑ってしまったわ」

梢、雪枝の背後に回る。

梢 「それから、訝る信博さんにトランクを開けて見てって言ったの。疑いもせずに開けてくれたけど、中を見て流石に息を呑んでいたわ。それでも、中を探って誰なのか、本当に死んでいるのかを確かめてくれた気丈なところとか、やっぱりステキだと思ったけど。それでね、自首するって、街に戻る間に全て話すから、助手席に座ってほしいって言ったら、信博さん、二つ返事で承諾してくれたわ。私もね、信博さんが運転する助手席に座るのを夢みたこともあるのよ。最期ぐらいはって思わなくもなかったわ。でも、仕方ないじゃない?だってもう決めちゃってたんだもの」
雪枝 「梢ちゃん、何を?」
梢 (雪枝には答えず)「最初で最後のドライブ。私は一方的にこれまでの想いを全部ぶちまけて、それを黙って聞いていた信博さんは一言、ごめんって言ったわ。でも本当は謝る必要なんてなかったのよ。街に戻って自首するなんて嘘。ただの方便。私はゆっくりゆっくり少しずつアクセルを踏み込んで、信博さんが気付いた頃には、もう簡単には止められない速度になっていたわ。信博さんはどういうつもりだって訊いて、私はこう答えた。私はもう信博さんを放すつもりなんかないんだって。そこから先は(ぱ、と両手を広げる)――知っての通りよ」
雪枝 (振り返る)「梢ちゃん……あなたって!」
梢 (笑って)「どうする?警察に言う?言ってもいいけど、誰が信じるかしら。信じたところで証拠はあるの?雪枝ちゃんが聞きました、だけじゃちょっと弱いわね。よしんばそれで通ったとしても、私は15年間昏睡状態だったのよ、目覚めたばかりで記憶が混乱しているだけだって言い張ったら、否定なんてできないでしょ?」

雪枝、カッとなって立ち上がる。

梢 「どうして私が全部話したのか教えてあげましょうか。私はあなたが憎かったの。だから、あなたの幸せを壊してやりたかった。そして壊したのが私だってあなたに知ってほしかった。どうせあと一週間でこの事件も時効よ。だから、私はこのまま勝ち逃げさせてもらうわ。残念だったわね」
雪枝 「梢ちゃん!」

雪枝、胸ぐらに掴みかかり、梢を押し倒す。そこに、上手からドンさん。よろめきながら二人に手を伸ばす。

ドンさん 「こ……こず……えちゃん……どうして、君は……」
梢 「誰よアンタ!」
雪枝 「信博さんっ?」
梢 「なっ!」
雪枝 「私が信博さんを見間違うはずがない!信博さん!信博さんでしょうっ?」
ドンさん 「そう……だ、雪枝……ああ、全部、思い出した」
梢 「ばあかあなああああ!!」(絶叫)

絶叫と同時に駆け込んでくる孔雀と雄一郎。

雄一郎 「何事でありますかっ?」
梢 (組み伏せられたまま)「巡査っ!そこの男が15年前の事件の犯人よ!」
雄一郎 「なっ!」

雄一郎、思わず銃を構える。孔雀、梢のもとに駆け寄り、雪枝を引き剥がそうとするが、抵抗される。

梢 「早く!早く撃って!」
みさき (上手から駆け込んできてドンさんの前に立ちふさがる)「ダメぇっ!!」
雄一郎 「なっ!ど、どくんだっ!」
雪枝 「みさきっ?」
みさき 「どかないっ!だって、だってお父さんはやってないんだもん!」

銃口がやや下がる。

梢 「巡査!私を見なさいっ!幡中一家は共謀して私を陥れようとしているのよ!早く撃ちなさいっ!」

構え直す。

みさき 「違うもん!真犯人はそこの、牧田梢だもん!」
梢 「口から出任せを!証拠でもあるのっ?」
みさき 「それは……」
梢 「ほら見なさい!巡査っ!早くっ!」
和美 (上手からホームビデオを弄びながら、桐子と共に)「証拠なら、ある、って言ったらどうするの、オバサン」
梢 「なっ!」
桐子 「今確認したけど、オバサンの自供も、小細工も全部バッチリ撮れてるよ。観念することね」

また、やや銃口が下がる。

梢 「巡査っ!ガキの口車になんか乗るんじゃないわっ!あと一週間で時効なんでしょ!今ここで逃がしてどうするのっ!早くっ!」

構え直す。

みさき 「ダメぇっ!」

ここで由希子と真奈美、聡美が下手より駆け込んでくる。

由希子 「何事だ巡査っ!」

雄一郎、思わず構え直す。
由希子と同時に駆け込んできた真奈美と聡美は余りの状況に息を呑んで立ち止まる。

雄一郎 「よ、容疑者、幡中信博と思しき人物に遭遇!は、発砲の許可を!」
みゆき (同時に)「ダメぇっ!」
由希子 (同時に)「ならんっ!」
和美 「この人は犯人なんかじゃない、真犯人は、あの女よ!(牧田梢を指す)」
桐子 「論より証拠。ここに全て映ってるわ」
由希子 「なんだって、君たちは……そうか。よし、見せてもらおう」
梢 「何をやっているの!早くっ!」

銃口がまた下がり始める。
由希子、ガン無視。でも、2,3秒程度。

由希子 「よし、分かった。巡査、新たな有力な証拠だ。銃を下ろしたまえ」
雄一郎 (反射的に構え直してしまう)「し、しかしっ!」
由希子 (ドンさんに)「幡中信博に相違ないな」
ドンさん 「ありま、せん」
由希子 「よろしい、よもやここから逃げようとなどするまいな」
ドンさん 「しないと誓います」
由希子 「聞いての通りだ、巡査、銃を下ろせ」
雄一郎 「しかしっ、しかしっ!」(下がり駆けた銃口をまた構え直す)
由希子 「彼はただの被疑者の一人であり、逃げる意志も抵抗する意志もない。そして今、もう一人、もっと有力な被疑者が現れた。巡査、君が銃を構える理由は無いんだ。もう一度だけ言うぞ、堺巡査、銃を下ろせ」
雄一郎 「じゅ、巡査部長殿!ほ、本官は!本官はぁッ!」

天を仰いで絶叫した雄一郎、腕を振り上げて、天に向かって発砲。
瞬間、全員ストップ。
5秒ウェイト。
みさきだけ、一歩先に動き出し、センターツラに移動しながら次のセリフ。それが始まると同時に、残りの全員も動き出す。加納家、屋敷家、幡中家の全員は下手、残りは上手にそっと捌ける。

みさき 「こうして、15年前に竜ノ沢渓谷で起きた事件は時効を目の前に急転直下の展開を見せ、それと同時に、わたしたちの、大冒険とも、小旅行とすらも呼べない、ささやかな脱走劇は幕を閉じた。(この辺でセンターツラに着き、客席に向かって)もちろんその後、わたしたちはお母さんにたっぷりこってりしっかりと叱られた。和美ちゃんなんかは、あと半年はお小言は聞きたくないって言ってたぐらいに。そうそう、その他に、忘れちゃいけないのが、、わたしの家にようやくお父さんが帰ってきたってこと。そして――」

みさき、一息置く。

みさき 「新学期が始まる頃には、わたしと桐子ちゃんは一つ歳をとっていた」

下手より、声のみで。

桐子 「みさきー!何やってんのー!」
和美 「早くしないと始業式遅刻するよー?みんな待ってんだからねー?」

みさき、はっと下手を向く。

雪枝 「みさき!」
聡美 「みさきちゃん!」
真奈美 「みさきちゃーん!」
信博 「み、みさきーっ!」

キョロキョロと下手と正面に交互に目をやり、最後に正面に向かって深々と頭を下げる。

みさき 「ごめーん!待ってよー!」

みさき、笑顔で下手に駆け去る。

[結]


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