Scene2:a musiciAn's portrait oN the wall

上手から女医(孔雀)、ゆっくりと箱馬を抱えて登場。箱馬を置き、その上から電話機を手に取り、どこかに電話をかける。
舞台上に鳴り響くベルの音。
下手からパタパタと女性が一人箱馬を抱えて登場。それを置いて、その上から受話器を取る。

雪枝 「ハイ、もしもし、幡中です」
孔雀 「あー、失礼ですが、幡中雪枝さんのお宅でしょうか」
雪枝 「え、ええ、その通りですけれど」
孔雀 「それで、雪枝さんご本人でいらっしゃいますか」
雪枝 「ええ、私が幡中雪枝ですけれども」
孔雀 「申し遅れました。わたくし、竜ノ沢総合病院の医師をしております、黒田孔雀と申します」
雪枝 「ああ、ブラックジャック先生ですね!お噂はかねがね!」
孔雀 (転ける)「なんですかな、そのあだ名はそんなに広まってるんですか」
雪枝 「ええ、ええ。お話しできて光栄です。それで、ブラックジャック先生、私にどのようなご用件なのでしょうか」
孔雀 (頭を抱えて)「……あの、ブラックジャック先生と呼ぶのは止めていただけないでしょうか」
雪枝 「あら、申し訳ありません。それで、黒田先生、今回はどういったご用件で……」
孔雀 「ええ、単刀直入に申し上げます。牧田梢が目を覚ましました」
雪枝 (噛み締めるように)「……牧田、梢」
孔雀 「ええ。それで、目覚めてすぐに、あなた、幡中雪枝さんと、あなたの夫、幡中信博さんはどうしているか、と」
雪枝 「それで、先生はどのように……」
孔雀 「もちろんまだ教えてはおりません。起きていきなりそんな風に焦るものではないと説いて聞かせ、ひとまず今は休ませております。ですが、あなたにはお知らせしておくべきかと思い、ご連絡差し上げた次第です」
雪枝 「それはそれは、ご親切にどうもありがとうございます。あの、他には……」
孔雀 「いえ、今のところは特に何も」
雪枝 「そうですか、で、では、また何かありましたらご連絡をどうぞよろしくお願いいたします」
孔雀 「ええ、分かっております。それでは、ひとまずこれで」
雪枝 「はい、どうもありがとうございました。ごめんください」

雪枝、カチャンと受話器を置く。
孔雀も受話器を置き、箱馬そのままに上手にはける。
雪枝、そのまましばらく何事か思案してから、おもむろに受話器を持ち上げ、電話をかけ始める。
舞台に呼び出し音が響き、上手からパタパタと一人の女性が駆けてきて受話器を取る。

真奈美 「はいはーい、加納でーす」
雪枝 「真奈美さん?お久しぶりです、幡中ですけど」
真奈美 「おー、ひさしぶりね雪枝ちゃん。今日はどうしたの?」
雪枝 「あ、えと、桐子ちゃんのお誕生日おめでとう」
真奈美 「ありがとう!ありがとうはありがとうだけど、ちょっと早いかな。桐子の誕生日は来週よ?」
雪枝 「え?あ、いや、そうかもしれないけど、今日は……」
真奈美 「今日?今日がどうかしたの?」
雪枝 「え、あれ?ウチのみさき、お邪魔してない?」
真奈美 「みさきちゃん?来てないわよ?」

あっけらかんと言われ、思考停止する雪枝。

真奈美 「え、なになに、みさきちゃんがどうしたの」
雪枝 「あ、みさき、今日、真奈美さんの家で桐子ちゃんのお誕生日パーティーするからって出て行ったのに」
真奈美 「え、なにそれ。わたし聞いてない。聞いてないって言うか、雪枝ちゃんの家に泊まりに行くって言って出て行ったんだけど、あの子」
雪枝 「……え?」
真奈美 「むー、あの子何か隠してるわね。私を除け者にして!」
雪枝 「え、そういう問題?」
真奈美 (聞いてない)「ちょっと待ってね。もう一人お友達を呼ぶって言ってたから、そのお宅に電話してみる。確か、屋敷さんだったと思うの。それで、30分後に近くの喫茶店で待ち合わせしましょ。屋敷さん連れて行くから。じゃね!」

真奈美、カチャンと電話を切って、即座に電話をかける。
雪枝はとりあえず受話器を置き、どうしようどうしようとうろうろしている。
舞台に鳴り響く呼び出し音。下手奥からセンターにパタパタと一人の女性が箱馬を抱えて駆けてくる。それを置いて、その上から受話器を取る。

聡美 「はい、屋敷です」
真奈美 「聡美さん?加納真奈美ですけど」
聡美 「あ、はい、お久しぶりです真奈美さん。それで、今日はどうされました?」
真奈美 「突然だけど、和美ちゃんいる?」
聡美 「……はい?いませんけど。と言いますか、桐子ちゃんのお誕生日パーティーに行くと言ってとっくに出ましたけど」

言ってから、はっと気付く。

聡美 「まさか、まだ着いてないんですかっ?とっくに着いてなきゃおかしい時間なんですよ、もう!途中で事故にでも遭ったんでしょうか!ど、どうしましょう!どうしたら!」
真奈美 「ちょっと、聡美さん落ち着いて」
聡美 「け、警察に、警察に連絡しないと!あ、病院かしら。救急車とか呼ばないと。で、でもどこで事故に遭ったのか……」
真奈美 (思い切り声を張り上げる)「落ち着いて!聡美さん!」
聡美 「あ、ご、ごめんなさい。取り乱しちゃって」
真奈美 「いいのよ。それよりもちょっと聞いてちょうだい」
聡美 「は、はい、なんでしょう」
真奈美 「実はね、うちの桐子も今、家にいないの」
聡美 「え、それってどういう……」
真奈美 「桐子はね、和美ちゃんと一緒に、別の友達の家に泊まりに行くって言って出て行ったのよ。でもね、そのお宅に電話しても、その子も私の家に行ってるはずだって言うの。ね、何か裏があると思わない?」
聡美 「え、ええ」
真奈美 「だから、これからどうするか、話し合おうと思って」
聡美 「そ、そうね」
真奈美 「ほら、近くによく行く喫茶店あるじゃない?あそこで待ち合わせ」
聡美 「わ、わかりました」
真奈美 「それじゃね」
聡美 「は、はい、それでは」

二人、受話器を置く。
上手、下手、センター奥の三人、箱馬を持ってセンターツラに。同時に置く。今度はこれらが椅子。

真奈美 (箱馬の前に回り、座りながら)「それで、どう思う?」

残り二人も同じタイミングで座る。

聡美 「そう言われても……」
真奈美 「それじゃ、まずは状況を整理しましょうか。聡美さんのところの和美ちゃんは、私の家に桐子の誕生日パーティーを祝うために家を出た、これは良いわね?」
聡美 「は、はい」
真奈美 「雪枝ちゃんのところのみさきちゃんも、同じよね?」
雪枝 「そうです」
真奈美 「でも、うちの桐子は雪枝ちゃんのところにお泊まりに行くって言って出て行った。しかも、桐子の誕生日は来週。これがどういうことか分かる?」
雪枝 (小首をかしげて)「ということは、三人で嘘をついてどこかに泊りに行った、ということでしょうか」
真奈美 (大きく頷く)「その可能性が高いわね。桐子は和美ちゃんとみさきちゃんの名前しか言わなかったけど、他には聞いてない?」
雪枝 「え、ええ」
聡美 「わ、私も聞いてません」
真奈美 「ということは、三人だけが行動を共にしていると考えて間違いなさそうね」
雪枝 「どうして……どこに……」

三人、黙り込む。

聡美 (ややあって)「幡中さん、あなたのせいじゃないんですか」
真奈美 「聡美さん!」
聡美 「だって!だって!ウチの娘はこんなことをするような子じゃないんです!きっとみさきちゃんに唆されたに違いないんです!みさきちゃんと仲良くしてたのがウチの子と桐子ちゃんだけだったからってこんなのはあんまりよ!そうでしょ!だってみさきちゃんは!」
真奈美 「聡美さん!」
聡美 「人殺しの娘じゃないですか!!」
真奈美 「聡美さんっ!!」

だんっ!と足を踏み鳴らして真奈美が立ち上がる。俯いたまま黙りこくっている雪枝。
はっと息を呑む聡美。

真奈美 「聡美さん、そんな言い方は良くないわ。ここで一方的に決めつけて雪枝ちゃんを責めても何にもならないし、第一、信博さんが人を殺したと決まったわけでもないわ」
聡美 「で、でも、だったらどうして15年も出て来ないのよ……」
真奈美 「聡美さん、今回私が声をかけて集まってもらったのはどこかに行ってしまった娘たちについて話し合うためよ。どうしてもその話がしたいというのなら、後で自分で声をかけて人を集めてちょうだい。いいわね?」
聡美 「で、でも……」
真奈美 「いいわね?」
聡美 「……は、はい」

仕切り直すように、真奈美、座り直す。

真奈美 「それで、一番現実的な案は、警察に届けるってことなんだけど、正直言ってちょっとやり過ぎかなぁって気もするのよね」
聡美 「やり過ぎって!」
真奈美 「まあちょっと聞いてよ聡美さん。いい、現状を見返すと、15歳になる女の子が三人、示し合わせてプチ旅行に出たってだけなのよ。今時、そこらの中学生だって親に黙って一人で家出したりするわ。それにいなくなってまだ数時間。警察に届けたって相手になんてしてもらえないと思うわ。だったら、とりあえず一晩は様子を見て、それでも戻らないようなら、警察に届けましょ。どうかしら」
聡美 「そ、そうは言うけど……」

聡美、大きくため息をつく。

真奈美 「大丈夫よ、もう中学三年生なのよ、あの子達」
聡美 「中学三年生だからこそよ!」

聡美、だん!と足を踏み鳴らして立ち上がる。

聡美 「高校受験を控えた大切な夏休みだって言うのに!もしも何かあったら真奈美さん、あなたいったいどう責任を取るつもりなのよ!」
真奈美 「聡美さん、落ち着いて」
聡美 (皮肉げに)「ええそうね、あなたや雪枝さんのところは良いわよ、おつむの出来がウチとは違うんだから!でも和美は!それなのにどうしてよりにもよってこの時期に!」
真奈美 「この時期だからこそ、よ」

しっかりとした口調で真奈美が言い切り、聡美は気勢をそがれて沈黙。

真奈美 「聡美さん、あなたも憶えがあるでしょ。中学生の頃って今の私たちなんかよりももっと一日一日が大切で、一瞬一瞬が宝物で、何もかもがキラキラ輝いていた。今さら取り戻すことなんてできないかけがえのない日々。違う?」
聡美 「でも……」
真奈美 「それなのに、それをぶち壊すようなマネはしたくないわ。第一、別に大事になってるわけでもないのに」
聡美 「なってからじゃ……」
真奈美 「ねえ、そう思うわよね、雪枝ちゃんも」
雪枝 (おずおずと)「あ、あの……」
真奈美 「なに?」
雪枝 「あの、真奈美さんの言うことも理解できるんですけど、聡美さんの心配も分かるんです。ですから、一応警察に届けるだけでも届けておいた方が……良いんじゃないかと思います」
真奈美 (眉根を寄せて少し悩む)「そうかしら。それじゃイマイチ面白くないけど……雪枝ちゃんがそう言うのなら……」
雪枝 「面白くないって……」
真奈美 「ああ違うのよ、私だって桐子のことが心配じゃないワケじゃないの。だけど、親に黙ってプチ旅行なんて楽しそうじゃない?それなのに何事も起きないうちから水差すようなことはしたくないなぁってちょっと思っただけなの。そうよね、やっぱり心配よね。分かったわ。撤回する」(白旗というように両手を挙げる)

聡美、椅子に座り直す。しばらく三人無言で場の空気を窺う。

聡美 (ややあって)「わ、分かったわよ!私が悪かった。私が悪かったの。一晩だけ待ちましょう。子どもたちを信じてあげるのも親の役目。帰って来たら心配掛けたことを目一杯叱ってあげるのも親の仕事。そういうことでしょ!」
真奈美 「さすが聡美さん、そうこなくっちゃ!」
雪枝 「で、でも……」
聡美 (言いかけた雪枝を片手で遮って)「いいのよ。あなたもみさきちゃんが心配じゃないはずないのに、一方的に言い過ぎたわ。ごめんなさい」
雪枝 「い、いいえ、とんでもないです……」
真奈美 「それじゃ、話がまとまったところで今日のところは解散しましょうか。また何か新しい情報が手に入ったらお互いに連絡し合うってことで」
聡美 「ええ、そうしましょう」
雪枝 「はい、分かりました」

頷き交わし、立ち上がる。三人同時に動き出すが、動きは以下。
颯爽と箱馬を抱えて上手にはける真奈美。途中で上手から出て来た孔雀にぶつかりそうになり、孔雀に箱馬を引ったくられる。孔雀はそれを置いて、上から電話を取ってかけ始める。苛立っているように貧乏揺すりをしている。真奈美はそれを横目で見てから、退場。舞台上に電話の呼び出し音が響く。
聡美は箱馬を抱えて足早に奥に。それから下手にはける。
雪枝はゆっくりと箱馬を抱えて下手に。玄関の鍵を開ける仕草をして、電話が鳴っていることに気付く。足早に電話の位置に向かい、箱馬を置いて、受話器を取る。

雪枝 「はい、幡中です」
孔雀 「あ、竜ノ沢総合病院の黒田ですけど、先ほどから何度かお電話してたんですが」
雪枝 「済みません、少々出ておりまして。それで、その……」
孔雀 「ああ、はい、いいですか、落ち着いて聞いて下さいよ。今朝方目を覚ました牧田梢ですが……」

孔雀、一息ためて、はっきりと。

孔雀 「先ほど、病院を脱走しました」


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