Scene1:to believe or not to believe, this iS noT the problem

舞台の下手から中央まで桐子とみさきが駆け込んでくる。めいめいリュックを背負っている。桐子が先、みさきが後。

桐子 (真ん中まで走り着いて、飛び跳ねる)「いえーい!勝った!」
みさき (ちょっと遅れて桐子より必死の様子で真ん中にたどり着き、俯いて肩で息をしながら)「ずっるーい、桐子ちゃん。こっちの準備ゼンゼンできてないのにいきなりよーいどんなんて、それじゃ勝てるわけないじゃん」
桐子 「ふふーん、勝負は非情なのよ。というわけで、みさきの要求は却下します」
みさき 「ええーっ」
桐子 「往生際が悪いよ。だいたい最初は結構乗り気だったじゃん。何を今さら」
みさき 「で、でもさ、やっぱりちょっと怖いっていうかさ、ねぇ、やっぱりやめようよ」
桐子 「だからそれは、みさきが私に勝ったらね、って言ったじゃん。で、私が勝ったんだから、却下します。当然です」
みさき 「ええー」
桐子 「あー、でも駆けっこになんかしなきゃ良かったかな。暑ぅ」
みさき (皮肉でなく桐子に同感)「夏だしねー」
桐子 「まぁ、夏休みじゃなきゃそもそもこんな企画できないし」
みさき (う、と一瞬ひるんで)「夏休みでもあんまりしたくないよー」

そんな会話をしていると、上手から和美が駆け込んでくる。

和美 「ごっめーん、待ったー?」
みさき 「あ、和美ちゃん!ううん、わたした(ちも今来たところ)」
桐子 (言いかけたみさきを遮るように)「おっそーい!」
和美 「だからごめんってば。いや、家出る時にちょっとね……」
みさき 「え、どうしたの?家で何かあった?」
和美 「んーん、特に何にもないんだけど、ほら、桐子の誕生日パーティって名目じゃん、今回。だからかーさんがアレ持って行けコレ持って行けってうるさくってさ。ま、これでも頑張って切り上げてきたんだから許してよ」
桐子 「ふーん、でももうちょっと遅かったら置いていくところだったよ」
和美 「そんな殺生な。あ、ほら、もらってきた飴ちゃんあげるから」

そう言いながらリュックから飴の大袋を取り出し、中から一つ取って桐子に渡す。

桐子 「ありがと」

和美、みさきにも飴を手渡す。ありがとう、と会釈して応え、受け取るみさき。

桐子 「って言いたいところだけど、なんでソレ(和美の持っている大袋を指す)もう開いてんの。食べかけ突っ込んできただけでしょ」
和美 「おおうバレた。いや、かーさんに捕まって色々持たされたのはホントだよ。蝋燭とかクラッカーとか、あとホームビデオとかさ。撮らないっつーの」
桐子 「……念のため訊くけど、バラしてないでしょーね」
和美 「バラすわけないじゃん!こんなチャンス二度とないんだよ!誰にだって邪魔されてなるもんか!」(憤慨する和美)
桐子 「ならいいんだけどさ」

だん!と足を踏み鳴らして和美の講釈開始。

和美 「『ならいいんだけどさ』ぁ?テンション低い!低すぎる!桐子、アンタ、アタシの意気込みを舐めてるでしょ!いい!分かってると思うけどもう一回だけ説明してあげる!今からアタシたちが向かうのは竜ノ沢、竜ノ沢渓谷!竜がのたくったみたいにくねくねと長く伸びた、切り立った崖の縁に細い道がずっと続いてるから昔から事故が絶えない、その道で言う隠れた名所!」

和美の長広舌が始まった時点で、みさきはあっけにとられているが、この辺から徐々に俯き始める。和美はそれに気付いた風もなく続ける。

和美 「特に15年前に、一人死亡、一人行方不明、一人昏睡状態なんていう猟奇事件が起きてからは足を向ける人もめっきり減ってしまったという曰く付きの本物中の本物!そんなところにアタシたち子どもだけで泊りに行くとか、ホラー映画ならもう何か起きて下さいって言わんばかりのシチュエーション!」
桐子 「バカ!声が大きい!言ってることとやってることが違う!っていうか、もうちょっと周りに気を遣え!」(すぱーん、と突っ込む桐子)
和美 「あイタぁ!」

突っ込まれてようやく我に返り、みさきの様子に気付く和美。

和美 「あ、う、ご、ごめん。ごめんね、みさき」
みさき 「え、う、ううん。別に良いんだよ。こっちこそごめんね和美ちゃん」
和美 「いやいや、アタシこそ、好きなモノの話になると周りが見えなくなっちゃって」
みさき (ふふっ、と小さく笑って)「和美ちゃん、ホラー映画とか怖い話とか大好きだもんね」
和美 「お恥ずかしながら……」
桐子 「はいはい、この話はここまで!じゃないといつまでも終わんなくなるからね!」
和美 (半ば投げやりに)「はーい」
みさき 「う、うん」

桐子、おほん、と咳払い。

桐子 「それでは改めまして。本日はわたくし加納桐子の誕生日パーティ……という名目の、竜ノ沢渓谷一泊旅行にお集まりいただきまして誠にありがとうございます」
和美 「どんどんぱふぱふ!いえーい!」
みさき (黙って拍手)

舞台後ろの下手からのそりとドンさん登場。ゴミ拾いをしている。

桐子 「で、どうせだから徒歩で行こうとか言い出した私が言うのも何なんだけど、本当に良いの?」
和美 「この炎天下、桐子の趣味を疑…(桐子にじろりと睨まれる)…ウソウソ!健康的で良いと思います!ハイ!」
みさき 「うん、バスとか電車で行っちゃったらなんかつまんないし、折角だしね」
桐子 「ということで、行くぞー!」(右拳を突き上げる)
和美・みさき 「おーっ!」(拳を突き上げる)

三人揃って上手に向かいかけて、和美、奥のドンさんに気付く。

和美 「あ、ドンさんだ、おーい!」
桐子 (和美に突っ込む。胸ぐらを掴んで小声で)「空気読みなさいよ!っていうかいきなり大人に声かけるってどういうつもりよ!」
和美 (こっちも小声で)「ご、ごめーん」

ドンさん 「おお、和美ちゃん、今日は友達とどこに行くんだ」
和美 「ちょっと泊まりがけで遊びにー」
ドンさん 「ほう、どこに?」
桐子 (小声で)「ほら、言わんこっちゃない。どーすんのよ」
和美 (小声で)「どうしよう?」
桐子 「私に訊くな!」
ドンさん (何事かもめているのを理解。話を変えるつもりで、頬でも掻きつつ)「と、ところで和美ちゃん、お友達を紹介してくれないか」
和美 「あ、そ、そうだね!こっちが桐子ちゃん。こっちがみさきちゃん」
桐子 「加納桐子です。初めまして」
みさき 「え、えっと、幡中みさきです」

ドンさん、みさきを見て、ぴたりと動きが止まる。

ドンさん (首をかしげながら)「ハタ……ナカ……?」

何事かを考え込んでいるドンさんに戸惑う三人。

桐子 (和美に)「ど、どうしたの?」
和美 「わ、わかんない」
みさき 「か、和美ちゃん、この人のことも紹介してよ」
和美 「そ、そうだね」

和美、気を取り直して咳払い。

和美 「それで、ドンさん!」
ドンさん 「え、あ、な、なんだい」
和美 「この人は、ドンさん。去年の夏休みに、アタシが橋のたもとで見つけて、死体かと思ったら生きてた人」
桐子 「いや、その紹介はさすがに……」
ドンさん 「寝てたらいきなり棒で突かれてびっくりしたよ」(はっはっはと笑う)
和美 「ドンさん、記憶喪失なんだって。だから本名は知らない」
みさき 「ええっ!」
桐子 「和美!そういうことをそんな軽く!」
ドンさん 「それで、頭が鈍いヤツだってことで、ドンさん。みんなも気にせずドンさんって呼んでくれよ」(はっはっはと笑う)
和美 「ドンさーん!」

和美、ドンさんと二人で『イエーイ』とハイタッチ。

桐子 (みさきに)「なんでこの二人の気が合ったのか分かる気がする」
みさき 「う、うん」

二人で頷き躱す傍ら、和美は良いことを思いついたと言うようにぽんと手を打つ。

和美 「あ!そうだ!どうせだからドンさんにもついてきてもらおうよ!」
桐子 「ええっ!」
みさき 「そ、それはちょっと……」
和美 (ドンさんに)「ドンさん、どうせヒマでしょ?」
ドンさん (呆れたように)「記憶喪失のホームレスはその日暮らしだから、今日働かなきゃ今日の飯はないんだぞ」
和美 (リュックを叩いて)「今日の飯はここにある!」
ドンさん 「そ、それはっ」
和美 「やっぱりか弱い女の子三人だけじゃちょっと心細いから、ドンさんが一緒に来てくれるなら食事は保証するよ!」

その場の空気が凍り付く。

ドンさん (恐る恐る)「……お、俺が言うのもなんだが、か弱い女の子三人に中年男一人って組み合わせの方が危険だとは思わないのか」
和美 「……おおっ!」
桐子 「『おおっ!』じゃなーいっ!」(すぱーんと突っ込む)

みさきとドンさんは頭を抱えて俯く。

和美 (ドンさんに)「じゃあ、やめとく?」
ドンさん(ちょっと考える素振りで)「……ちなみにどこに行くんだ」
和美 「あー、うん、竜ノ沢渓谷」

ドンさんの動きがまたぴたりと止まる。

ドンさん 「タツ……ノ……サワ……」
和美 「うん。でもドンさんを無理矢理巻き込むのもアレだし、今の話は聞かなかったことにしといてくんない」
ドンさん 「タツノサワ……ケイコク……」
和美 「やっぱりドンさんでも知ってるんだね。行ったことある?」
ドンさん (悩む素振りで)「……いや、ない。知らない。知らない……はずなんだが……」
和美 (なんだろう、と首をかしげるが)「ま、いいや。それじゃアタシたちもう行くね。そうだ、他の人達にアタシたちのこと訊かれても知らないって言っといて。よろしく!」
桐子 「い、いいの?大丈夫?」
和美 「だいじょーぶ、だいじょーぶ。行こ!」

三人、上手に向かう。最後尾のみさき、心配そうに振り返りながらついていく。
三人が半ばまで行った辺りでドンさん、思い切って顔を上げる。

ドンさん (正面に)「なぁ!」

三人、立ち止まる。
ドンさん、そっちを向く。

ドンさん 「やっぱり、俺もついて行っても、良いか」
和美 「えー、ドンさん、どうしたのいきなり」
ドンさん (自己完結)「……いや、無理だよな。悪かった」
和美 「ドンさん!話してくれなきゃわかんないよ!」
ドンさん (少し迷って)「なんとなく、なんとなくなんだが、竜ノ沢渓谷って名前に、聞き覚えがある気がするんだ。行けば、行けば何かを思いだせるかも知れない。だから、連れて行ってくれないか」
和美 (残り二人に)「どうする?」
桐子 「私は、イヤ。イマイチ信用できない」
和美 「そっかなぁ。アタシは良いと思うけど」
桐子 「和美はそこそこ付き合いがあるから良いかもしれないけど、私は無いの!」
和美 「でもほら、大人が一人いると何かと助かるかもだし」
桐子 「性別が男じゃなかったらもうちょっと肯定的に考えたけどね」
和美 「ううーん」
桐子 「みさき、みさきはどう思う?」
みさき 「わ、わたしっ?」
桐子 「なにびっくりしてんのよ。みさきは、あの人と一緒に行くの、どう思う?」
みさき 「え、あ、うん……」

みさき、少し迷ってから。

みさき (桐子に)「ね、そんなにあの人と一緒に行くの、イヤ?」
桐子 「イヤって言うか、そう簡単には信用できないって言うか」
みさき 「わたしは、良いと思うな。もしかしたら、なくした記憶を取り戻すチャンスかもしれないんでしょ?だったら、ちょっとぐらい協力してあげても……」
桐子 (肩をすくめてため息をつく)「……多数決なら私の負けね」
みさき 「じゃ、じゃあ!」
桐子 「でも、だったら、私も条件をつけさせてもらう。一緒に行くのはイヤ。でも、ちょっと離れててくれるなら、同じ方向に行くのは構わない。これでどう?」
みさき 「桐子ちゃん!ありがとう!」
和美 「ドンさん!そういうワケなんだけど」
ドンさん 「ありがとう、恩に着るよ」
桐子 「あーもう、無駄に時間食っちゃった。ちょっと急ぐよ」

足早に上手にはける桐子。

和美とみさき「はーい!」

和美とみさきもそれを追う。

ドンさん (ちょっと遅れて)「ちょ、ちょっと置いていかないでくれよ!」

上手に追って走り去る。


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