B市N病院S医師による証言

 ほ、Kちゃんね、Kちゃん。ああ、よーく憶えとるよ。あの子なぁ……あんまり言いたかないが、難しい子だったわ。難しい病気だったか?いやいや、医者にも守秘義務っつーものがあるから軽々しいことは言えんがね。で、あの子が……自殺?校舎の屋上から身を投げた。はぁ、そりゃ可哀想になぁ。ほ、だから守秘義務はもう守る必要はないと、アンタえげつないこと言うなぁ。いいか、ワシの名前は絶対に出さんと約束できるか?できるか。よし、ならよかろ。
 まぁ、まず一つだけ言えることがあるとすれば、あの子は治らんかっただろうなぁ。いやいや、病気自体はぜんぜん大変でもなんでもないわ。なんだ、ほら、頭痛が消えんとか、腹痛が止まんとか、だいたいそんな感じばっかり。でもなぁ、問題は、どこをどう探しても、見つからんところだわなぁ。え?いや、治療法が。どんな薬を処方しても、どうにもアレルギー体質らしくて、薬が合わんと、こう言われる。『体に合わなさそうだったらすぐに使用を中止して申し出るように』と形式じみたことを毎回言っておくわけだがね、この子にはどんな薬を処方しても、もう二、三日で副作用なり、アレルギーなりが起きて使用を止めざるをえなくなる。いやぁ、アレには苦労したわ。
 闘病生活に疲れて、自殺したと、こう疑っとるわけか。そりゃ、まぁ、ないとは言い切れんが、最後に会った時もそんな素振りはなかったしなぁ。それに、引っ越しただろあの家族。いや、A市に引っ越すって言うもんだから、A市の医者に紹介状を書いてやったんでな。そうそう、だから、仮にワシの治療に付き合いきれなくなったとしても、これから希望がなかったわけでもなかろう。第一、言ったと思うが、症状は頭痛とか腹痛があるぐらいなモンで、別に命に関わる状態が続いておったわけでもない。そんな人生を悲観するほどのこともなかったように思うがね。こりゃ、あくまで私見だが。
 うん?治療費も嵩んだだろうって、アンタなかなか鋭いところを突くなぁ。とは言え、旦那さんの保険金がたっぷり入ったらしいから心配するほどでもなかったと、ワシは見ておるがね。え、なに、おい失敬だなキミ、ワシが治せる患者をわざわざ引き延ばして金を搾り取ろうとするようなゲスだとそう言う訳か!ワシはこれでも精一杯力を尽くしてだなぁ!ん、ま、まぁ、分かったんならよろしい。
 うん、家庭にも問題はなかったと思うがね。いや、金銭的な意味だけでなくだ。そりゃ片親で娘が病気がちだと幸せいっぱいというわけにはいかんだろうが、Kちゃんの具合が悪くなるたびに車で送ってくる母親を見てると、そりゃある程度のことは分かるわ。近所の人の評価も悪くない、仲むつまじい親子だともっぱらの評判だった、と、こいつは、ご近所さんが診察を受けに来た時に世間話で聞いた話だがね。
 なに、いじめ?そうさなぁ、本当のところはよく分からんが、なかったと思うがね。そんな相談は受けたことがないし、ワシがおらん時に代わりによく診ておった女医もそう言っておったよ。あとは、少なくとも、診察の時に体に傷を見つけたということは、なかったとな。これでもいろいろと気を遣うのだ、この仕事は。もういいかね?


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