第三幕・第二場:ミヤモト探偵

下手の椅子にサカイ。その周辺にナガタとミヤモト、センター奥にムロタ、上手に呼ばれてきた権堂夫人、庄司、会長秘書、家政婦5人、副会長と副会長秘書。

ムロタ (上手に)「ええそうです、一応何があってもいいようにそこに控えておいてください」

ムロタ、ミヤモトに向き直る。

ムロタ 「ご要望通りお呼びしましたが」
ミヤモト 「ありがとうございます」
トノムラ 「ミヤモトくんといったかね、こんなところに全員集めてどうしようというのかね。私もヒマじゃないのですがな」
ミヤモト 「ああ、申し訳ありませんが今しばらくおつきあい下さい。どうしても、みなさんが必要なのです」
トノムラ 「質問に答えてもらいたいですな、何をするつもりなのですかな」
ミヤモト 「そうですね、こう言うと分かりやすいでしょうか。種明かしを、と」
トノムラ 「種明かし?」
ミヤモト 「密室で権堂会長が亡くなった、この事件についての、です。皆さんの証言からいくつか分かったことがありますが、そのなかでも皆さんが共通して証言されたことがあります。権堂会長が亡くなったその前後、特に変わったことは何一つなかった、と。そう、権堂会長のシャワールームの中にも、特に変わった物はなかった。そうですね?」

皆、一様に頷く。

ミヤモト 「サカイさんの証言により、権堂会長が亡くなった理由に外部犯という線は消えました。さらに命に関わる持病もなかったようです。では、自殺?内部犯による他殺?それとも、何らかの事故?それを検証する前に、いくつか明らかにしたいことがあります。権堂庄司くん」
ショウジ 「なんだよ」
ミヤモト 「ゲームは面白かったですか?」
ショウジ 「あ、ああ」
ミヤモト 「そうでしょうね、キミが仕掛けたのなら尚更」
ショウジ 「な、なんだって?」
ミヤモト 「掲示板の書き込み時刻とインターネットアクセスの記録を突き合わせればはっきりすることです。今回の、場所を特定するゲームの仕掛け人、それはキミですね。ラッカースプレーで落書きしろという指令。そんな思い切った指令を出せるのは、よほどそこの住人に恨みのある人物か、あるいは自分の所有物であるから自由にして良いはずだと考える人物。ラッカースプレーの用意の仕方だって、インターネットに精通している若者だからこその手法。夜中に庭に出て警報機に引っ掛かったことだって、仕掛け人として現場を確認したい衝動に駆られたからだ。この辺りの状況証拠から、そうとしか考えられませんが、どこか違いますか」
ショウジ 「あーあ、そこまで分かったのか。しょうがない、白状するよ。そうだよ、仕掛けたのはぼくさ。それで?」
ミヤモト 「いえ、ありがとうございます。さて、権堂氏が亡くなったのは自殺か、内部犯による他殺か、何らかの事故か。皆さんが共通して証言されたこととしてもう1つ、権堂会長が自殺する理由は特に無いようである。また、自殺したのだとしたら現場に自殺するために使用した道具が残されているはずだがそれが見当たらない。従って、自殺の線も有り得ないと考えて良いでしょう。なら、他殺か、事故か。他殺だとしたら犯人は。さて、この辺りから証言が食い違って来ます。コズエさん」
コズエ 「はい」
ミヤモト 「アナタは後妻だから財産目当てなのだと、だから権堂氏が亡くなるのを今か今かと待ち望んでいると、そういう噂があるそうですね」
コズエ 「ええ、その通りですわ。でも!そんなの根も葉もない噂です!」
ミヤモト 「トノムラ副会長」
トノムラ 「なんですかな」
ミヤモト 「アナタは野心家で、何とかして権堂氏の地位を奪い取りたいと狙っていると、そういう噂があるそうですね」
トノムラ 「ふん、そりゃ私も上を目指す気持ちはありますがな、なんで人殺しなんか」
ミヤモト 「家政婦の皆さん」
5人 (口々に)「はい」
ミヤモト 「権堂氏が今日亡くなるその前後、コズエさんやショウジさんや殿村副会長が部屋にいて、権堂氏の部屋を出入りしていないことを、証言できますか?」
フタバ 「証言いたします。わたくしはその時分、旦那様のお部屋の前の廊下にてずっと掃除をしておりましたのでございますから」
ミチル 「わたくしは奥様や坊ちゃまやトノムラ様のお言いつけで紅茶やジュースや緑茶とお饅頭をご用意いたしました」
シノブ 「わたくしとイツミがそれをお部屋にお届けいたしました」
ヒトエ 「わたくしはそれを見ておりました」
ミヤモト 「つまり、コズエさんやトノムラ副会長や庄司さんには仮に動機があったとしてもアリバイがあるということになります。ところで家政婦の皆さん」
5人 (口々に)「はい」
ミヤモト 「家政婦の皆さんは権堂氏に苛められており、いつか復讐してやりたいと思いながら耐えていると、そんな噂があるそうですね」
ヒトエ 「あるのでございますか?」
フタバ 「それは、確かに旦那様に叱られることはございますが」
ミチル 「でも、旦那様を殺そうだなんて」
シノブ 「そんな大それたこと考えるはずが」
イツミ 「ないですよ!」
ミヤモト 「ですが、この状況下で権堂氏を手にかけることができて、動機があり得て、確かなアリバイがないのは、家政婦の5人だけということになりますね。その中には合い鍵を持つ者がおり、口裏を合わせることだって、力を合わせて証拠隠滅を図ることだって可能。違いますか」
ヒトエ 「それは……」
ミヤモト 「しかし、そうだとすると口裏の合わせ方が何とも杜撰です。彼女たちはコズエさんやトノムラ副会長に動機があり得ることを証言しなかったばかりか、逆にアリバイを証言する始末。一番可能性が高いのは家政婦の皆さんですが、そうとは考えにくい。となると、残る可能性を検討するべきです」
ナガタ 「ミヤモト、お前まさか」
ミヤモト 「そう。ボクは、事故だと、そう主張しようと言うんですよ」
ナガタ 「事故だって!そんな!」
ミヤモト 「コズエさん」
コズエ 「なんでしょうか」
ミヤモト 「最近、ハンカチを無くされた記憶はありませんか」
コズエ 「え、いえ、ちょっと……」
ミヤモト 「最近と言いますか、昨日のことです」
コズエ 「な、何が仰りたいのですか」
ミヤモト 「下水管を修理された方に聞きました。彼の証言によると、下水管に詰まっていたのは、高級なハンカチのようなもの、だったそうです。アナタが落として、詰めてしまわれたのではないですか」
コズエ 「そ、そうかもしれませんけれど、それが何か」
ミヤモト 「ショウジくん」
ショウジ 「なんだよ」
ミヤモト 「キミはもう1つ、告白するべきことがあるんじゃないですか」
ショウジ 「何のことだよ」
ミヤモト 「塀の外側の落書きをした人物は既に自首してきました。ただし、彼の証言によると塀の中は知らないそうです。塀の落書きを落とした人物の話も聞きました。彼の証言によると塀の外と内、落書きをした人物は違うそうです。塀の内側に落書きした人物、それは、キミですね」
ショウジ 「な、そうだとして、何だよ」
ミヤモト 「落書きを落とすために、業者の方は強力な酸の洗浄剤を使い、それを溜めて、排水口に流しました。配管工の人によると、権堂家には地下に浄水槽があるそうですね。さて、そこには何があるでしょう」
ムロタ 「何が、と言われましても、ミヤモトさん、何が言いたいのです」
ミヤモト 「昨日の夕飯はビーフシチューでした。それをトノムラさん、アナタがこぼした。そして台無しにしてしまったテーブルクロスや台拭きを洗うために塩素系漂白剤を準備しましたね。家政婦さんたちはそれに一晩、汚れた布を浸し、翌朝、廃水を流しに捨てました。それもまた、地下の浄水槽へと運ばれたことでしょう。いくら量が多くともそれぞれ単独では特に問題はなかったはずですが、タイミングが悪かったのですよ。塩素系漂白剤の入れ物にはこう書いてありますね。酸性の洗剤とは混ぜないで下さい、塩素ガスが発生し、危険です、と」
ムロタ 「ま、まさか」
ミヤモト 「偶然にもその時、権堂氏の部屋の下水管の修理が行われており、配管工の配慮により、逆流防止フィルターを介さずに権堂氏のシャワールームだけが地下の浄水槽と直結されていました。その結果、浄水槽で大量に発生した塩素ガスが下水管を逆流し……」
ムロタ 「そんな、ことが。だから、事故だと」
ミヤモト 「さて、一つ振り返って見ましょうか」
ムロタ 「え?」
ミヤモト 「トノムラ副会長は権堂さんが邪魔でした。そんなトノムラ副会長がビーフシチューをこぼし、塩素系漂白剤を準備しました。権堂コズエさんは権堂さんが邪魔でした。そんなコズエさんが権堂氏の部屋の下水管を詰めてしまい、修理を依頼しました。コズエさんの連れ子であるショウジさんは権堂さんが邪魔でした。そんなショウジさんが塀にラッカースプレーで落書きをし、それを落とすのに酸性の洗浄剤を使用しました」
ムロタ 「ミ、ミヤモトさん、アナタまさかっ」
ミヤモト 「失敗したって構わなかった。ただ次の機会を待つだけ。証拠なんて何一つ残らない」
トノムラ 「はっはっはっはっは!」
ムロタ 「トノムラさん!」
トノムラ 「いや、ミヤモトさん、素晴らしいですな。実に愉快です」
ミヤモト 「それほどでも」
トノムラ 「いやいやご謙遜なさらず。さすがは名探偵さんですな。想像力が豊かでいらっしゃる。それで、もし仮に、アナタのご想像が全て正しいと仮定いたしましょう。それで、私はどうなるのですかな。証拠があったとしましょう。全て立証できたとしましょう。さて、権堂氏への殺意を持っていたら罪ですかな。ビーフシチューをこぼしたら罪ですかな。塩素系漂白剤を調達したら罪ですかな!」
コズエ 「そ、そうですわ。下水管を詰まらせたら罪だとでも仰りたいの?」
ショウジ 「塀に落書きしたら、塀に落書きさせたら、罪なのかよ」
ムロタ 「器物損壊にはなりますが」
ショウジ 「殺人罪には、問えないだろ!」
トノムラ 「どうですかな!私どもを、どう裁こうと言うのですかな!」
ミヤモト 「それは自白ととって、構いませんか」
トノムラ 「どう解釈していただいても結構!さぁ、お答えいただきたいですな!」
コズエ 「そうですわ!」
ショウジ 「どうなんだよ!答えろよ!」
ミヤモト 「どうもこうも、ボクは探偵ですよ。裁判官でも、ましてや神様でもない。人を裁くなんてことは、探偵の領分の外の話です。実を言えば、ボクの領分だけなら証言を三分の一も聞けば十分だったんですよ。それでも最後までお付き合いしたのは、ムロタさんへの義理です。犯人にはちゃんと罪を償わせるなんて約束をしてしまった、ね」
ムロタ 「で、ですが、こうなってしまっては警察だって逮捕することは……」
ミヤモト 「逮捕して起訴できなければ裁判官だって裁けません。神様の裁きに任せるのはあまりに無責任です。ですから、ボクは別のものに裁いてもらおうと考えました」
ナガタ 「別のものって、なんだよ」
ミヤモト 「会長を亡き者にして財閥を乗っ取った副会長がトップに立ったとなると。遺族だと思われていた人たちが、実は夫を、父親を亡き者にして財産を奪ったのだとすると。世間の風当たりは、いったいどうなるでしょう」
トノムラ 「なんですと?」
コズエ 「どういう意味です!」
ミヤモト 「ショウジくん、キミはインターネットに詳しいそうですね。動画共有サイトっていうのも、知っているんじゃないですか」
ショウジ 「そ、それがどうしたんだよ」
ミヤモト 「最近は便利になったものです。個人でも映像配信ができるんですからね。ところでサカイさん」
サカイ 「なんですかな!」
ミヤモト 「この部屋の様子は映像として記録されているというのは本当ですか?」
サカイ 「私の仕事ぶりを監視するためのものですが、ま、その通りですな!このように!」

サカイ、モニターの一つを3人に見えるように動かす。

ショウジ 「げえっ!今までの、全部見られて!」
トノムラ 「なぁっ!これじゃせっかく乗っ取ったって!」
コズエ 「そんな!これからの私の人生は!」

3人、崩れ落ちる。

ミヤモト、客席に向かって

ミヤモト 「さて、いかがでしたでしょうか。探偵の領分は真実を知ること。警察の領分は真実を明らかにすること。記者の領分は真実を語ること。そして、ここから先がアナタたちの領分でしょう」

ミヤモト、次のセリフを言いながらサカイさんの隣へ。

ミヤモト 「彼らは有罪か、それとも無罪か」

ミヤモト、マウスに手をかける。上体は客席向き。

ミヤモト 「裁くのは、これをご覧のアナタたちです。それでは、動画配信を終了いたします。本日はどうもありがとうございました。またお目に掛かる日を楽しみにしております」

モニターに向き直り、すっとマウスを動かしてワンクリック。同時に暗転。

[結]


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