第四幕:命の灯

結が布団を掛けられて寝ている。頭は上手向き。頭の方で、うつむいて椅子に座っている承。立っている四人。雷三、カルテを持っている。

雷三 裏庭で発作を起こして意識を失っているところを発見された。運悪く雪が降りだしたおかげで体温が奪われていて発見された当時から今にいたるまで回復の兆しはナシ。今晩がヤマ。だそうだが。
天音 何か隠してるっていうのが当っちゃったね。
雷三 風邪だけじゃなく何やらやっかいな難しい病気も持ってたようだな。でもなんで裏庭なんかに一人でいたんだ?
雪名 私のせいだ。きっと花輪の花を探してたんだよ。せめて私が一緒にいれば……
時雨 自分を責めちゃ駄目。雪名のせいじゃないんだから。
雪名 でも……
天音 ところでどうする?時雨ちゃん。今なら誰もが自然死だと納得するわ。

はっと身を震わせる時雨。冷たい目になっている。

時雨 そうね。天音、雪名を外に連れ出しておいてくれる?
天音 いいけど。さ、出ようか雪名ちゃん。
雪名 いや!私は結ちゃんと一緒にいる!
時雨 駄目よ。天音と一緒に出ていなさい。
雪名 いやったらいや!
時雨 聞き分けよくして。もう夜遅いし、明日また来ればいいでしょ?お姉ちゃんは何よりも雪名が大切なんだから。言う通りにして。
雪名 はい。

うなだれて天音とともに下手に捌けようとする雪名。
天音、途中で振り返って――

天音 時雨っ。雪名には本当に何も言わないつもり?
時雨 こんな時に訊かないでよ。
雪名 お姉ちゃん、いったい何をしようとしているの?
時雨 雪名!外に出ていなさい。
雪名 雷三さん。
雷三 ……(無言でうなだれる)
雪名 天音さん。お姉ちゃんは何をしようとしているの?
天音 教えてあげるわ。時雨ちゃんはね。結ちゃんの命を奪おうとしているのよ。
時雨 天音!
天音 何よ。いつまでも隠しておけることじゃないのよ。雪名ちゃんも本当のことを知る権利があるわ。いい?時雨ちゃんと雷三はね、月の王からの依頼で百八万人の人を殺すことを請け負ったのよ。
雪名 そんな、そんななんてことを!なんで?どうしてお姉ちゃんそんなことを!?
天音 体が弱い雪名ちゃんを月に戻すために、よ。
雪名 え……
雷三 天音!おまえっていう奴はぁああ!
天音 はん、善人ぶってんじゃないわよ。後で知って苦しむのは雪名ちゃんなのよ。
雪名 だからお姉ちゃん達は毎日?私のために。ううん、私のせいで。お姉ちゃんが言ってた私が一番大事ってそういう意味で。私、お姉ちゃんを苦しめてた?
時雨 ちがう!私は辛いなんて……
雪名 お姉ちゃんはそういうことは一言も言わないから。
時雨 ちがう……
雪名 そういう痩せ我慢で強情なところは私も同じだけどね。
時雨 雪名!?

ふらりと倒れかかる雪名。慌てて天音が受けとめる。

雪名 ほら、私も実はもう危なかったりするの。足にも力が入らないし、お姉ちゃんもよく見えない。気がついたのは天音さんだけだったけど。
雷三 何でこんなになるまで言わなかったんだ!
雪名 心配かけたくなくて。それで……。お姉ちゃん達なんだかキツそうだったし。
時雨 バカ!そういうときは早く言いなさいって!
雪名 お姉ちゃん。結ちゃんにはお姉ちゃんがいるのよ。名前は『承』っていうんだって。ふふ……私とお姉ちゃんみたいに仲が良いってとってもうれしそうに話してくれた。
時雨 そんなことはどうでもいい!
雪名 聴いてよ。でね、結ちゃんが死んじゃったら承お姉ちゃんはとっても悲しむと思うの。お姉ちゃんが私を死なせたくないように、承お姉ちゃんも結ちゃんを死なせたくないと思うんだぁ。百八万の人にはそれだけ家族がいて、それだけうれしさや悲しさや楽しさや悔しさなんかがあると思う。それは大切にしなくちゃ。どんな命でも、何と引き換えにしてもいけない。そう思うんだよ。
時雨 もういい、もういいからしゃべらないで。
雪名 最後まで話させて。だから私はお姉ちゃんが私の為に奪った人の命の分だけ……
雷三 ゼロだ。
雪名 えっ?
雷三 時雨もおれもまだ一人も殺してないよ。
時雨 ひと月も経つのに、毎日出掛けてたのに、気ばかり焦ってても、決心を固めても、雪名の命がかかってると思っても、どうしても最後には雪名の顔が浮かんできて、こんなことで本当に喜んでくれるのかって考えると、どうしてもできなくて。自己嫌悪で雪名にも顔を合わせづらかった。これできっかけが掴めるかもって結ちゃんの命を奪うつもりになったけど……雪名に止められて。妹の具合がこんなになるまで気付いてやれないなんて。お姉ちゃん失格だね。
雪名 ううん、うれしい。とってもお姉ちゃんらしいよ。それでこそ私のお姉ちゃん。だよ。
天音 ふふん、それって察しが悪くて優柔不断ってことかしらね。
雪名 ち、ちがうよぉ。お姉ちゃんは私の為なら何でもしちゃいそうだから安心した。ってことだよ。

四人軽く笑う。

雪名 本当によかったぁ。ね、私はお姉ちゃんが憶えている限りずぅっとお姉ちゃんのそばにいられるからね。だから……
時雨 バカ、忘れられるもんですか。雪名は、私のいっちばん大事な妹なんだから。
雪名 うん。雷三さん、これからもお姉ちゃんのことよろしくお願いします。頼りにしてますから。
雷三 おう、まかせとけ。
雪名 天音さん、最後の時まで笑っていられるように生きるって言い切った天音さんはかっこよかったです。私、今、ちゃんと笑っていますか?最後まで笑っていられるでしょうか?
天音 今は70点ぐらいのとびっきりの笑顔。かな?
雪名 きびし〜ぃ。(言って、笑う)
天音 あ、今のは98点。
雪名 ふふ、お姉ちゃん。今までいろいろありがとう。ごめんね。迷惑かけて。
時雨 バカ!私は迷惑なんてこれっぽっちも思ってないわよ。こんないい妹世界中探してもいないくらいって自慢できるわ。雪名……ありがとう。
雪名 こっちこそ、ありがとう、だよ。

顔を見合わせて笑う。

雪名 あーあ、久し振りにお姉ちゃんとお話しして疲れちゃった。
時雨 そう?それなら、もう休む?
雪名 ね、お姉ちゃん、私、結ちゃんのそばにいたいな。何にもできないと思うけど、一緒にいてあげたいの。ダメ、かな。
時雨 (苦笑して)こういう時の雪名って、言い出したら聞かないんだから。しょうがないわね。
雪名 えへへ、ありがとう。

そう言って、結の枕元に近寄り、顔を覗き込むようにしてしゃがむ。
時雨、承とは逆の位置にある椅子に座る。

雷三 それじゃ俺も付き合いますか。

言って、時雨の足下に座り込む。
天音も黙って壁に寄り掛かるようにして、瞳を閉じる。

ライト絞る。再びゆっくりとついたときには雪名一人がおらず、雷三、時雨、天音+結+承、眠っている。

結 (目を覚まして)……ん、お姉ちゃん。お姉ちゃん。
承 (その声で目を覚ます)ゆ、結!?大丈夫なの?
結 うん、心配かけてごめんね。

そのやりとりで目を覚ますのは時雨一人。はっとして周りに雪名を探そうとするが、いない。

承 ちょっと待ってて、先生を呼んでくるから。

バタバタと上手に駆け去っていく承を見送り、悟ったように寂しげに結に微笑みかける時雨。

承 先生こっちです早く早く!結が、結が目を覚ましたんです!来てください!峠を越したんですよ!

と響く声とあわただしい足音をバックにまだ眠る雷三と天音、佇む時雨、横になったままの結のみの舞台上に、ゆっくりと照明が落ちる。

[結]


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