何故、彼女は飛んだのか

 いってきまぁすと母さんに声をかけて、家を出る。
 新しい家、新しい街、新しい学校。
 今日から始まる、新しい生活。
 そんなわけで、明日から通う高校への道を憶えつつ、新しい校舎の下見。
 と、私は現在、一人外をうろついているのであります。
 一応、編入試験の時に見て回ったから周りの地理は頭に入ってるつもり。
 私は自家製地図のできばえを確かめながら、学校を目指してみる。
 30分ほどぶらぶら歩いて、迷うことなく到着。すごい、私。
 感動しつつ、こっそり校舎に忍び込んでみる。
 意外に警備ぬるい。
 こそこそと1階、2階、3階を見て回り、前の学校には無かった4階に。
 基本的に特別教室ばかりの4階もぐるっと回って、階段はさらに上がある。
 確か、外から見た時は4階建てだったなぁと思い出し、屋上か、と見当をつける。
 ダメもとで押してみた鉄扉がわずかに開き、鍵が掛かってないことが分かる。
 ちょっとだけ迷って、思い切り押し開ける。

 びっくりした。
 目の前には吸い込まれそうな大きな夕日。
 赤く染まった世界。橙にたなびく雲。街も、山も、何もかもが、朱に沈む。
 手を伸ばせば届きそうで、さわれそうで、私は思わず右手をかざす。
 そしてそのまま一歩前に。
 まだ届かない。だからもう一歩。
 これでもダメ。だからもう一歩。
 届きそうで、届かなくて、もどかしくもそんなことを繰り返して、どん、とお腹に衝撃を感じて、私は立ち止まる。
 なんだ、もう屋上の端っこか。
 腰の高さのフェンスが私の行く手を遮っていた。
 思わず乗り越えて、思い切り手を伸ばす。
 でも、指先にかすりもしなかった。
 瞬間、吐き気がこみ上げ、私は顔を覆ってしゃがみ込む。
 ポケットから錠剤を取り出すと口の中に放り込み、飲み物もなしに飲み下す。
 しばらくそうしていると、吐き気は引いていった。

 そう、掴めるはずがない、そんなことは分かっていた。
 それなのに――
 ふいに涙がこぼれた。
 なんか、疲れちゃったな。
 この治らない病気と闘うのも、
 お母さんにずっと迷惑をかけるのも。
 もう、どこかに、飛んでいってしまいたい――

 ふと、昨日の番組で言っていたことを思い出す。
 5階って、飛び下りたら人が死ねる最低の高さなんだとか。

 ――うん。

 まるでパズルの最後のピースを嵌めるように、
 そうするのが自然であるように思えたから、
 私はそっと立ち上がり、
 夕焼けの世界を抱きしめるように、
 夕焼けの世界に抱きとめられるように、
 瞳を閉じ、両手を広げ、外の世界に向かって、大きく一歩を踏み出した。

[了]


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