――気がついたら、道路の端っこに横になっていた。
はっきりとしない頭を振って、ゆっくりと起き上がる。
どうしてこんなところに寝ていたのか、さっぱり思い出せない。
憶えているのは、なにかに思い切り突き飛ばされたような感覚だけ。
跳ね飛ばされて空を舞う感じと、叩き付けられた痛みと、目の前の真っ暗闇。
ずきん、と、たえられないほどの痛みが走る。
正体の分からない寒気と、何かに追われているような焦りとが、ふいに湧き起こる。
その感覚に突き動かされるみたいに、あたしはわけもわからずその場を離れる。
この道は、知っている道のようで、知らない道のようで。
ふらつく足取りのまま、あたしは馴染みのない、よく知っている道を辿る。
途中ですれ違ったお婆さんに訊ねてみる。
「ここはどこですか?」
「寂しいねぇ、寂しいねぇ。あの子はいつも優しいのに」
そう呟くと、あたしに見向きもせずに行ってしまった。
お婆さんは、時々あたしにおやつをくれたりしたから、大好きだったんだけど、少し嫌いになってしまった。
あたしはまたふらふらと歩き出す。
ぎらぎらと照りつけるようなお日様にやられたのか、頭がぼーっとする。
今度は、途中ですれ違ったお姉さんに訊ねてみる。
「おうちに帰りたいんだけど、道がわからないの」
「どうしてあんなことをしたのかしらね。
まだどこにも辿り着いていないのに」
そう呟くと、あたしに見向きもせずに行ってしまった。
お姉さんは、道ばたで遊んでいるあたしに笑いかけてくれたりしたから好きだったんだけど、嫌いになってしまった。
あたしはまたふらふらと歩き出す。
道はまっすぐなようで、ぐねぐねと曲がっているようで、平らなようで、でこぼこのよう。
今度は、途中ですれ違ったお兄さんに訊ねてみる。
「みんなどこに向かっているの?」
でもお兄さんは何も言わずに行ってしまった。
お兄さんは、いつもあたしが近寄るとうざったそうに追い払ったりするから嫌いだったんだけど、もっと嫌いになってしまった。
あたしはまたふらふらと歩き出す。
それにしても、みんな、本当にどこに向かっていたんだろう。
こうしてあてもなく歩いていても仕方ないし。
追いかけてみようかと思い、あたしは来た道を振り返る。
そうして、足跡を確かめるように、来た道を戻り始める。
一歩ずつ、一歩ずつ、ふらふらと。
しばらく行くと、目の前にはよくわからない人だかり。
そこになにがあるのかはわからないけど、どんどん人が家の中に入っていく。
その家の中からは、低い歌声と楽器の鳴る音だけがずっと響いている。
中を見てみたかったけど、あんまりにも人が多くて一緒に入るのは難しそう。
だからそっと、誰にも気付かれないように、お庭の方に回ってみる。
お庭から家の中を覗いてみる。
中には黒山の人だかり。
中には真っ黒な人ばかり。
なんとなく不気味。
なんとなく怖い。
そして、真っ黒な人たちの前に、一葉の写真。
みんなみんな、その写真に代わる代わる挨拶をしている。
ヘンなの。
写真がお返事なんてしないことぐらい、あたしだって知ってるのに。
あたしはもう一度その写真に目をやる。
ああ――
そこで初めて、気が付いた。
そうか――
あたしはその写真の中で笑っている子を知っている。
みんなが挨拶をしているその小さな子を知っている。
その時ふいに、頬を涙が伝った。
そうだったんだ……
あの子は……
あたしは……
胸の内に渦巻くいろいろな想いは、もう伝えようがないから、
だから、そっと、その名前を呼んでみた。
だけどその声はいつもの通り、みゃぁとだけかすかに響いて、誰に届くこともなく空へと消えた。
――あの子は、あたしを助けてくれたんだ。
[了]
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